親が同意する前からDNR(蘇生拒否)にされていた Annie Farlow 事件(加)

ずっと前から一度まとめておきたいと思っていたカナダの事件。

2005年に亡くなったトリソミー13の Annie Farlow ちゃんを巡って、
トロント子ども病院(Toronto’s Hospital for Sick Children)は
重症障害があるというだけで、独断で救命治療を手控えたのではないか、
もしくは過剰な麻酔薬投与で死なせたのではないか……との
疑惑が取りざたされている事件です。

最終的に事実関係が確認されていないし、
どうやら、このまま究明されることもなさそうな展開なので、
病院サイドとAnnieちゃんの両親サイドの言い分は食い違ったまま、
母親のBarbaraさんが無益な治療論に対抗するアドボケイトに祭り上げられてしまった観もある
ちょっと、すっきりしないところのある事件なのですが、

諸々の情報から、Barbaraさんが主張する事実関係はだいたい以下。

両親は妊娠中におなかの子どもがトリソミー13であることを知らされ、
トロント子ども病院の遺伝カウンセラーに紹介された。

心臓に欠陥があって手術が必要になる、生まれてもすぐに死ぬ確率が高い、
助かったとしても長くは生きられないと、暗に中絶を勧められたが、
調べてみたら、生き延びて自分なりの生を生きている子どもたちもいることを知り、
そうした子どもたちを育てている親の話を聞いたりもして、生むことを決断した。

Annieちゃんは2005年5月25日に誕生。

生まれた時には心臓に問題はなく、
アプガー(正常を10とする新生児の健康度を測るスケール)は 8ないし9だった。

6週間で退院したが、生後80日目に呼吸困難を起こし、
近所のクリニックを経てトロント子ども病院へ搬送される。

その後、Annieちゃんが死亡するまでの24時間の非常に複雑な経緯の中で
特に問題となっているのは

呼吸困難を起こしており、通常のプロトコルであれば
コードブルーとして集中治療室に連絡するところ、
呼吸セラピストだけを付き添わせて1時間も放置した。
(その間、医師らからは安楽死が何度かほのめかされた)
 
・ 医師らには呼吸困難の原因が肺炎ではないと分かっていたのに、
両親には肺炎だと告げ、本来の症状に必要な治療をしなかった。

・ Annieの呼吸はセラピストがバッグで呼吸を手伝う状態にまでなったが、
血中酸素濃度センサーのアラームは切られており、鳴らなかった。

・ 酸素濃度の数値が急激に低下していることに母親が気づいて看護師を呼び
Annieはやっと集中治療室に運ばれたが、すると今度は
「肺炎ではなく手術が必要な状態。でも本人が手術には耐えられない」と説明が変わり、
動転していた両親は医師らの説得に応じて挿管を拒み、蘇生拒否(DNR)に署名した。

その後、まもなくAnnieちゃんは死亡。
苦しみ続ける我が子に寄り添いながら助けてやれなかった24時間が
両親にはトラウマになっている。

Annieちゃんの死後、不信感をぬぐえない両親がカルテを入手したところ、
さらに疑惑を招く事実が明らかに。

・ 電子カルテの最後の部分が削除されていた。

・ 両親がインフォームドコンセントとしてDNRに同意するよりも前にAnnieはDNRとされていた

・ 医師の処方箋なしに薬局の棚からAnnieの名前で大量のフェンタニールが持ち出されていた

説明を求めた両親に対して、病院は回答を拒否し続けたので
両親は疑惑を公にするためにHPを立ち上げ、オンブズマンに訴えるなど闘い始める。

トロント子ども病院には、
重症障害のある子どもには救命治療を手控える暗黙のプロトコルがあるのではないか、
Annieはフェンタニールの過剰投与で意図的に殺害されたのではないか、
というのが両親の疑惑。

当初1時間、放置したのは、子どもの苦しみを見せて
親の方からDNRを言い出させるよう仕向けたのではないか、とも。

その後、the Office of the Chief Coronerの小児死亡検証委員会は2007年に
Annieにフェンタニールが投与された証拠はないとしたものの、
死の直前24時間の経緯については「適切な医療の形態を反映したものではない」と報告。

納得できない両親は今年に入り、病院と2人の医師を相手取って
人権裁判所とsmall claim裁判所(小さな苦情を扱う簡易裁判所?)に訴えを起こしたが、
手続き上の不備や、病院側が望む上級裁判所での審理には巨額の費用が予想されるためか、
ちょっとよく分からない二転三転があった後に
今年6月、両親が訴えを取り下げた模様。

詳細は、母親のBarbaraさんが情報公開のために立ち上げたこちらのブログに。


母親のBarbaraさんの書いたものを読み、メディアでの発言を読むと、
特に「フェンタニールで意図的に殺した」という主張などには、
子どもの死を受け入れられない親の苦悩ゆえの疑惑なのかなぁとも
思わせられてしまいそうですが、

このAnnie Farlow事件の舞台となった病院が
実はあのKaylee事件と同じ病院だとすると、
俄かに話が違ってこないでしょうか。

ターミナルでもなければ意識がないわけでもない生後2ヶ月の障害児 Kayleeちゃんから
あやうく心臓が摘出されるところだった、今年4月の事件。

父親は「重い障害があって、何もできないまま死ぬのなら
せめて誰かの役に立って死んで、この子の生を価値のあるものにしてやりたかった」といった
意味のことを言っていましたが、最終的には親が決断したこととはいえ、
救命可能でターミナルではない子どもから臓器目的で呼吸器を外したのは
まぎれもなく、トロント子ども病院の医師です。

その取り外し行為を、何の抵抗も感じないでできる医師なら
生まれたばかりの我が子の障害を知らされて動転している親に
心臓提供への誘導があったとしても不思議ではないような気がします。

私が個人的に耳にした未確認情報では
Kaylee事件に直接関わったスタッフの中には、Farlow事件に関与した同じ人物が含まれている、とも。

この2つの事件をつなげて考えてみると、どうしても頭に浮かぶ疑念は、

トロント子ども病院には、障害児の命を軽視する文化の土壌が実際にあるのでは……?
そして、それは本当に一部医師だけ、トロント子ども病院だけの問題なのか……?


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Annie Farlow事件については
カナダAlberta大のWilson, Sobsey両教授が当初より積極的にフォローしておられます。
お二人のWhat Sorts ブログでの関連エントリはこちら。

Annie Farlow, Sickkids, and an Ontario Human Rights Commission hearing
By Rob Wilson
What sorts of People, April 15, 2009

What Sorts of Death for Annie?
By Dick Sobsey
What Sorts of People, June 8, 2008


今年の裁判関連ニュース記事はこちら。

Parents want Sick Kids taken to rights tribunal
The Toronto Star, April 15, 2009

A Child’s death, a legal odyssey
The National Post, June 22, 2009

Parents In Hospital Lawsuit Offer Deal
The National Post, June 23, 2009