「施設」と「敵対する存在としての親」を巡る惑乱ツイート 1

ここしばらく、
たまたま身近で交わした会話やその他あれこれから、
ミュウを施設へ入れてしまった親としての自責を巡って
ツイッターで過剰反応をしているので、

あまり感心した内容でもないのだけど、
今後もうちょっと冷静になって生産的に考えられる日のために、2段に分けて、メモ。

まずは前段の2月24日

私が一番苦しかったミュウの幼児期というのは、今から20年も前。田舎のことで、ヘルパーといえば市全体でもまだ20人数人だとか聞いたし、みんな高齢者 向けだった。ショートステイもなく、親の病気と冠婚葬祭だけに認められる緊急一時保護制度があっただけ。

施設に緊急一保利用登録する時、施設の担当者から「ミュウちゃんを預かるために職員が増やせるわけではないので、そこのところを分かっておいてもらわないと」と暗に「登録はしても、よほどのことでなければ利用するな」と釘を刺されたのを覚えている。基本的には1週間だったと思う。

その後、母親が限界を超えているのに気付いた主治医の計らいで2週間の「短期的な入所」をさせてもらったけど、その時にはまだ「短期入所」が制度になっていなかったような気がする。制度になってはいても、使うことを考えにくい時代だったのかもしれない。

その後その施設に入所となって今に至っているので、私にはこの間の時代の変遷が全く分かっていないのだ、ということに今日初めて気づかさせてもらった。頭で分かったつもりでも自分の体で知らないとは、ここまで分かっていないということ。人と話すって、やっぱり大事だなぁ。


これをツイートした直後、思いがけず、ある方から返信をいただいた。

とても温かい内容で、
親として苦しんでいる私の思いに、
同じ親として手を差し伸べてくださっていることが伝わってきて、
読んだ瞬間に、胸に熱いものが込み上げた。

特に、今その方が知的障害者の地域生活のために
どんなに奔走しておられ、お忙しいかということもツイッターで知っていただけに、
その合間に、こうしてコメントくださったことが、なおのこと胸に沁みた。

ただ、レスポンスをまったく想定していなかったこと、
私には行動を起こせと迫られているように感じられてしまったこと、
その方が本人の自己決定を重視しておられることから、
重症知的障害と重症重複障害での自己決定の問題の差を
どう説明したらいいか、どうにも途方に暮れ、

同時に、ずっと頭にぐるぐるとしていた自責がどっと募ったものだから
一瞬で惑乱してしまった。

たぶん、その方が言われていないことまで言われているかのように感じて
独りよがりの激白めいたツイートになってしまった、私の部分のみを以下に。

ありがとうございます。お気持がありがたくて胸に迫るものがありました。ただ、その方向に頭を振り向ける前に、私の中にも整理しなければならないものが沢山あって、整理すればその方向に向けるのかどうかも分からないまま、今はただ引き裂かれている状態です。

このことを考えようとすると、私自身が「正しくない」と指差されることの痛みと、重症重複障害について「頭で分かったつもりでも自分の体で知らないとは、ここまで分かっていないということ」ということに気づいてもらえない痛みの間で、真っ二つ。

どうにも言葉にできない思いや、言葉にしても通じていかない思い、「正しさ」の前に跳ね返されてしまう言葉や思いで窒息してしまいそうになる。考えるだけでも苦しくてならない。正直、断罪もされず何を迫られることもなしに、考えたいです。

他意はなく、私自身のグルグルをそのままつぶやくものです。「いずれミュウが決める」ということを考えた時に、頭にまずパッと浮かんだのは「ミュウが死 ぬ」ということだった。それほど、「重症身体障害のみ」「重症知的障害のみ」「いずれかが軽度の重症重複」と「重症心身障害」との距離は大きい。

それとは別に、今日、拾った問い。「ヘルパーを入れれば解決するのか」。それはヘルパーと訪問看護でも同じ。

だめだ。とりあえず、明日の朝からミュウといい時間を過ごすことに専念する。


実際、ミュウと一緒に過ごしていると、
この子も親も、こうして生きている。
今は笑顔で過ごせている。それでいいじゃないか、と思えたし、

他人の誰にも分からなくても、
今こうして生き伸びて、ここに生きているだけで
自分を許してやってもいいくらいのところを、かろうじて通り過ぎてきたんじゃないか、
今はこうして生きている自分を許してやろう、と考えてみたりもした。

その他にも、あれこれがあって、
この件では、週末の間に心がすうっと楽になった。


次のエントリーに続きます。