「動く重症児」をご存知ですか

前に
Ashleyのような重症心身障害児・者には本当の意味でアドボケイトがいないのではないか、と
問題提起してみたことがありますが、

重症心身障害児・者と同じく
世の中からも障害学や障害者運動からも見えにくい存在になってしまったまま
今回の障害者自立支援法の見直しで切り捨てられようとしている人たちがいます。

「動く重症児」と呼ばれる人たち──。

成人しても「児」とされるのは「重症心身障害児」と同様で
医療と介護の一貫性を守るため、いわゆる「児者一貫」の方針によって
便宜的に重症心身障害児施設に入所が認められてきたため
児童福祉法の対象となって成人でも「障害児」に分類される、という事情があります。

自立支援法以前の資料になりますが、
「重症心身障害療育マニュアル 第2版」から「動く重症児」について
以下に簡単にまとめてみます。


・ 「動く重症児」とは、重症心身障害児施設(旧国立療養所を含む)に入所している歩行可能な重度、最重度精神遅滞児(者)。ただし、明確な法的定義は存在していない。大島の分類1~4に当たる狭義の重症心身障害児に対して、IQは同じく35以下だが運動機能が「歩行障害」「歩ける」「走れる」に当たる者を「動く重症児」として区別する。

・ 重介護を要する重症知的障害児・者への対応の遅れから、手厚い職員配置が可能な重心施設に便宜上(経過措置的に)入所を認めてきたものと推測される。

・ 公法人立、国立あわせて、重心施設入所者の5分の1に当たる3000人以上が、動く重症児。

・ 公法人立の重症児施設のうち、動く重症児病棟を設けているのは15施設。968床。旧国立療養所80箇所のうち、動く重症児病棟が設置されているのは10ヶ所、840床。残りは通常の重症児病棟に入所している。

・ 旧国立療養所には、移動能力が高く強度行動障害をもった最重度知的障害児が多い傾向がある。精神科、内科、小児科的な医療の問題を合併している場合も多く、現行の知的障害施設では対応困難なケースと思われるもの。

・ 平成5年より強度行動障害特別処遇事業。1施設につき定員4。3年間を限度の特別処遇により改善を図り、他施設や在宅への移行を狙うもの。対象者の8割で改善が見られるが、多くは事業終了後に知的障害者施設の重度棟へ措置されている。

・ 「動く重症児」は重心施設への例外的措置の経緯の中で生まれ使用されてきた概念であり、在宅者の実態は全く把握されておらず、在宅対策は皆無に等しい。

「重症心身障害療育マニュアル 第2版」(2005、医歯薬出版株式会社)
「第2章 重症心身障害児の実態、3.動く重症心身障害児」(p39~48)


この「重症心身障害児施設」が今回の障害者自立支援法の改正で
児のみを対象とする施設となろうとしています。

これまでの「児者一貫」の方針が覆され、
重症重複障害を持つ成人については児童福祉法から外れて
障害者自立支援法で対応することになろうとしているのです。

重症者だからといって何歳になっても子どもの扱いをされるということには親としても抵抗を感じてきたので、
成人として処遇されるのは一面では良いことではあるのですが、

そのためには、
現在、障害者法できちんと定義されている知的障害者身体障害者精神障害者発達障害者の
いずれのとも異なって、重い障害が重複しているがゆえの独自の障害特性とニーズを持つ重症重複障害者も
法律的にきちんと定義されることが必要なのでは、と思うのです。

それなしに、ただ成人だから
一般の障害者施設で医療型か福祉型かを選択せよといわれても、

成人した後も
その障害特性から、発達小児科の専門医による医療が不可欠であるという点、
医療と介護どちらも必要とする彼らのニーズに応えられるのかという点、
この2つの点について非常に大きな不安を感じます。

配慮についての付記は
「改正法附則に入所者が継続して入所できるようにするための措置を図る」
「特に重症心身障害者については障害児施設で受けていた支援の継続性を図る」
といったあたりでとどまりそうで、

ちょうど介護保険における療養病床廃止と同じ動きが
障害者福祉でも起ころうとしているのだな、と私は解釈しています。

重症重複障害者の安全な居場所がなくなるようなことはないのか、
我が子の問題としても心配なのですが、

同時に、重症重複障害児・者以上に、
世の中の人から隠されてきたかのような「動く重症児」の居場所が
今の社会の動きの中で、どうなっていくのかということも、とても気になっています。

不適切な例えかもしれませんが、
介護の困難さという点だけで、ちょっと乱暴に重ねさせてもらうと、
介護保険における認知症の方々にあたるのが
障害者自立支援法の対象者の中では「動く重症児」ではないでしょうか。

ところが
認知症は患者数も多くて、
自分や家族がかかる確率からすれば「みんなの問題」と捉えられ、
介護保険でも重要課題の1つとして対策が広く講じられている反面、

「動く重症児」は人数も少なく、存在すら、ほとんど知られていません。
上記の資料でも「在宅対策は皆無に等しい」とされています。

しかも、ちょっと小耳に挟んだところでは、厚労省は既に
「動く重症児」という定義は存在しない、
したがって「動く重症児」という存在は日本にはいない、と
切り捨てとも聞こえるスタンスを取り始めているらしいのです。

これでは、今後も実態を把握されることもなく、在宅支援も整備されないまま
彼らは、これまでの居場所を奪われてしまうのではないでしょうか。

最も手のかかる、最も重度な人たちは、世の中から最も見えにくいところにいます。

その人たちのことを知らず知らず置き去りにしてしまわないために、
せめて存在だけでも1人でも多くの人に知ってもらえれば、と願いつつ。