Wilfond医師に関する新事実からAshley事件ふたたび

昨日のリンク集作成のための検索作業から、
シアトル子ども病院理事会メンバー以外にも、
ちょっと思いがけない事実を拾ったので、追記。

このエントリーは、
Ashley事件に、よほどマニアックな興味関心をお持ちの方以外には意味不明かもしれません。

Benjamin Wilfond医師は2006年に子ども病院に
Trueman Katz Bioethics Centerのディレクターとして着任しています。

つまり、彼は2004年のAshleyケースの検討や手術の際には、いなかったのです。

このセンターの創設(2005)の準備を率いたのはDiekema医師で
設立時から暫定的なディレクターに就任していましたが、
Wilfond医師のディレクター着任で、
Diekema医師は教育ディレクターに正式に就任。

論争当時、Wilfond医師はDiekema医師の上司であるはずなのに、
どこか弱腰で、それがずっと不可解だったのですが、これで氷解。

2007年初頭からずっとリアルタイムで情報を追いかけてきた中で
Wilfond医師について特に印象的だったのは、

彼は基本的に非常に慎重なスタンスの医師で、
“Ashley療法”論争にも身内でありながら立場を保留にしている気配があったし、
例えば2007年夏の生命倫理カンファでは、
恩師であるNorman Fost医師に批判的なニュアンスの発言もあったのに、

Ashley事件については、ある段階から、その保留を全面解除して
病院の隠蔽工作に積極的に加担するようになった、ということ。

その「ある段階」というのは、
こちらのエントリーで仮説を立ててみたように、
2007年5月にいったん違法性を認め、
今後は裁判所の命令なしには、これらの過激な療法を封印すると約束した病院が、
いつのまにかDiekema医師に押し切られたかのように、
(つまり彼の背後にいるFost医師やAshley父に押し切られて)
記者会見の約束を反故にして、強引な成長抑制療法の一般化へと舵を切った時期。

病院が成長抑制の一般化で押し切るという戦術に切り替えた以上、
ついていくしかない人がWilfond以外にも、あの成長抑制ワーキング・グループの中にいたはず。
(当初反対していたAshleyの主治医Cowen医師とかWPASのCalson弁護士とか)

今にして振り返ってみると
その時期は、ちょうど、シアトル子ども病院がゲイツ財団とのパートナーシップを
最終的に固めていく時期と合致していた……と言えないこともない。

もちろん、何度も書いているように、私は
ゲイツ財団やゲイツ夫妻がAshley事件に直接関与したとは考えていません。

なんら直接的に関係していなくても、
もともと密接な関係が既にあり、これだけ大きなお金の動きがあれば、
病院が自ら政治的な配慮をしても不思議はないと私は考えるだけです。

また、そう考えれば矛盾だらけの事件の事実関係に説明が付くということは
このブログで検証してきた通り。

まもなくワシントン大学ゲイツ財団の私設研究機関IHMEがオープンし、
子ども病院の理事会にこんなメンバーが居並ぶほど、
加速度的にゲイツ財団との関係が深まっていく時期に当たっていたとしたら、

いかに一旦は記者会見まで開いて謝罪し、
成長抑制も今後は勝手にやりませんと約束していたとしても、
Diekema医師を通じて成長抑制を一般化しろと圧力をかけてくるAshleyの父親に
そりゃ、病院も、逆らいにくいというものではないでしょうか。

もしもAshleyの父親がマイクロソフトの役員だとしたら。


それにしても、これだけ権威ある子ども病院に、
記者会見までして発表した公式見解を自ら反故にさせるとは……

恐るべし、ゲイツ慈善ネオリベ王国の無言の脅威──。