「親は自閉症の隠れた犠牲者」

表題の通りのタイトルを見た瞬間から心が波立って、取り上げたいと思いながら、
しっかり考える時間が欲しい気がして棚上げしていたSeattle Post-Intelligencerの記事。

まだ「しっかり考え」られてなどいないのですが、
前のエントリーで取り上げた日本の空気は
実は世界の空気でもあるというところに通じていくと思うので。
(あ、これは逆で、きっと米国を中心とした世界の空気が日本の空気に通じているのでしょうね。)

記事そのものは、
障害児の中でも自閉症の子どもの親が最も抑うつ度が高く、不安やストレスを抱えている、という結果が
ワシントン大学の調査研究で出たことから、
自閉症の男の子がいるシアトル在住の一家の生活を取材して、
いかに自閉症の子どもとの日常の暮らしが負担とストレスに満ちたものであり、いかに親が大変か
いかに療育にお金がかかるかを描いたもの。

自閉症が急増している現状にも触れる中で親子の現実を描き、
親への支援の必要を訴えていると読んで読めないこともないのですが、
どうもそうばかりと思えない妙なトーンで書かれているから、考えてしまう。

「親は自閉症の隠れた犠牲者」というタイトルに続く副題は
「厄介な障害が痛めつけるのは障害を負った本人だけじゃない」
Baffling disorder hurts more than just those who have it

Parents are autism’s hidden victims
By Paul Nyhan,
The Seattle Post-Intelligencer, May 5, 2008/05/16


確かに自閉症の子どもを育てる日常は負担とストレスに満ちているだろうし、親は大変でしょう。
日本と違ってお金もかかって破産の危機すらあるというのも
アメリカの障害児の親ならではの苦労かもしれない。

それでもなお「犠牲者」という言葉の選択には、
私はとても大きな抵抗を感じます。

仮にそう呼びたいほどの現実があるとしても、それでも敢えて選択したくない、
「それを言っちゃ、もうお仕舞いでしょう」という種類の言葉だと思う。
そこのところを、しっかり時間をかけて考えてみたかったのだけど、
まだ煮詰まっていないので、この点については改めて整理できたら書きます。

ここでとりあえず問題にしておきたいのは、新聞側の姿勢。
なぜなら、取材を受けた親が自らを「犠牲者」と形容しているわけではなく、
「犠牲者」という言葉を選んだのは記事を書いた記者ですから。

たいへん恐ろしいことなのだけど、私には
「親は犠牲者だ」というタイトルのこの記事全体に
障害や障害を持った子どもを否定的に捉えるトーンが
漂っていると感じられてならないのです。

記者が親に寄り添うのはいい。
だけど、この記者は子どもに対峙する位置で親に寄り添っているような。
そこから冷たい眼で迷惑そうに子どもを眺めながら、語っているような。

例えば
Children have autism, but parents are often invisible casualties.
自閉症があるのは子どもだが、親はしばしば目に見えない犠牲者である。

(casualtiesという言葉は、事故や災害の死者や負傷者を指して使われる言葉で、個人的にはvictimsよりも非人格化された響き、「負傷者10名」という場合のような数値化されたような響きを感じます。)

By his third birthday, this engaging child had choked a baby and wanted to kill the family cat.
3歳の誕生日も迎えぬうちに、何にでも手を出していくこの子どもは、赤ん坊を1人窒息させ、家族が飼っている猫を殺そうとした

Like an invasive weed, Sharky’s autism permeated most daily routines for his first four years.
Sharkyが4歳になるまでの間、自閉症まるで雑草がはびこっていくように、ほんの些細な日常のルーティーンにまで浸透していった。

His sweet social nature now far outweighs more typical outbursts of 30 minutes or less.
かつての可愛らしく人懐こい性格はどこへやら、今ではどうかすると30分も続くかんしゃくがすっかり御馴染みになってしまった。

本当に自閉症に理解があって、親への支援の必要を訴えようとする記者ならば、
同じことを書いても、もっと違う表現を使うのではないでしょうか。

この記事の2日後に、
私と同じように「犠牲者」という表現に違和感を覚えた自閉症の子どものお母さんが、
以下のブログで取り上げて「皆さんはどう思いますか?」と問いかけ、いろんなコメントが寄せられています。
「実際に犠牲者だと思う」といった声もあるようです。



それにしても、不思議だなぁ……と思うのは、、

この記事には、ワシントン大学の研究者が
自閉症の子の親が一番大変だという結果を出したと書いてはあるのですが、
通常なら説明されるはずの調査内容や方法の詳細がまるきりなくて、
主任研究者の名前もなければ、コメントもない。
この長い記事の中には、この調査に関する詳細は一切ないまま、
ただ「UWの研究者が自閉症の親が一番大変だという結果を出した」と。
そんなバカな”報道”はないんじゃないでしょうか。

自閉症の急増ぶりを示すグラフは
わざわざCDC(米国疾病予防管理センター)のサイトから引っ張ってきて
やたら大きく載せているというのに。

この記事の行間から漂ってくる隠微なメッセージ、
私にはこうささやいているように聞こえてしまう。

自閉症の子どもが生まれたら、親の人生はもうお終いですよ。
でも、そんなコワ~イ自閉症は増えているのです。 
いいんですか? どうします?」