フランスの治療差し控えと緩和ケアに関する日経メディカル記事

昨日“無益な治療”差し控えは義務へ:「無酸素脳症新生児に蘇生25分はやり過ぎ」病院に賠償命令(仏)というエントリーで
末尾に昨年12月27日の日経メディカルのフランスに関する記事をリンクしたのですが、
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◆【海外ルポ】治療差し控え進むフランス―法制定を機に緩和ケアが充実(本誌連動◇死なせる医療 Vol.5)
(メディカル・オンライン 2011. 12. 27)(久保田文=日経メディカル)
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/t164/201112/522922.html

フランスでは、2005年の法制定を機に、治療の差し控えや中止が終末期医療の現場に浸透しつつある。入院患者だけでなく在宅患者に対しても緩和ケアを提供する体制の整備も進む。ただ、非癌の緩和ケアは依然として手薄で課題も残る。
「病院などで、輸液や経管栄養、酸素療法などを中止してほしいと希望する患者や家族が増えていると感じる」─。パリ市内にある非営利ホスピス、ジャンヌ・ガルニエの医師のダニエル・デルヴィル氏は、05年に治療の差し控えや中止が合法化された後、終末期の患者や家族の考えが変化しつつある状況をこう話す。

なくなった刑事訴追のリスク
フランスでは25年ほど前から、終末期医療に患者の意思を反映できるようにするための制度作りが進められてきた(表6)。1999年には、「6月9日法」で患者が緩和ケアを受ける権利を保障。2002年には「3月4日法」で患者が病期を理解する権利や治療を拒否する権利を認め、医療現場では実際に、治療の差し控えや中止が行われてきた。とはいえ医療者にとって、そうした行為を実行するにはリスクも残っていた。「患者の死亡後に遠い親戚が突然やってきて、治療中止までのプロセスを問われるなど、刑事訴追されるリスクもあった」とデルヴィル氏は話す。

しかし、03年に起きたヴァンサン・アンベール事件を機に状況が変わった。交通事故で四肢麻痺になった21歳の男性の求めに応じて母親が安楽死を図り、男性が昏睡状態に陥った後、担当医も男性の延命治療を中止して塩化カリウムを投与した事件だ。担当医と母親は殺人罪に問われた。最終的に両者とも免訴されたものの、この事件を機にフランスでは終末期医療の議論が加速。05年、医師が治療の差し控えや中止を行うことを認める「4月22日法」が制定された(表7)。

同法は、患者の意思に基づいて、延命以外の効果がない治療や、過剰な治療を医師が差し控えたり、中止したりできるとした。また、命を縮めるリスクを伴う方法(例えばモルヒネの大量投与)でしか苦痛を緩和できない場合でも、患者や家族が希望すれば、緩和ケアを行うことを認めた。実施に際しては、医師は治療中止や緩和ケアがもたらす結果について患者に説明した上で、患者の意思を尊重することが求められる。加えて、話し合いの内容はカルテに記載しなければならない。患者が意思決定できない場合は、複数の医師で検討を行った上で、代理人や家族の意見、患者の事前指示書などを踏まえて、治療の差し控えや中止などを決定する。ただし、オランダやベルギーなどで合法化されている積極的な安楽死は認めていない。

4月22日法の制定により、治療の差し控えや中止、リスクを伴う緩和ケアを実施するためのプロセスが明確になった上、代理人や事前指示書についても法律に位置付けられた。同法の影響について、パリ郊外にあるポール・ブルス病院緩和ケア科医師のシルヴァン・プルシェ氏は「以前に比べて終末期医療について患者と相談しやすくなった」と話す。

一方、デルヴィル氏は、「これまでリスクを伴う緩和ケアを行う際は抵抗感を感じたが、リスクがあっても苦痛を取る重要性が示されたことで、今はそういうこともなくなった」と語る。たとえ患者や家族の意思だとしても、治療中止やリスクの高い緩和ケアに迷いを感じる医師は少なくない。同法は、医師の心理的な負担軽減にも寄与したわけだ。

非癌でも利用できる専門病床
法制定を機に、手厚い緩和ケアの提供体制も整いつつある(表8)。フランスの人口は約6500万人。06年の死亡者数は約52万人で、そのうち医療機関で死亡した割合は58%に上る。

緩和ケアユニット(USP)や緩和ケア認定病床(LISP)は、入院患者に専門的な緩和ケアを提供するための病床だ。USPは日本の緩和ケア病棟に相当し、独立型ホスピスや病院に併設された病棟など様々な形態がある。ただし、USPはフランス全土で約110病棟、約1200床に限られている。それを補完する形で、USPのない病院などに設けられているのがLISPだ。LISPは約4000床が整備されている。

USPの一つであるジャンヌ・ガルニエは、入院を希望する患者について、余命が何日程度か、どのような身体・精神症状があるか、独居や家族の疲弊度合いなど生活環境にどのような問題を抱えているかといった情報を、紹介元の医師から提供してもらい、多くの問題を抱える症例を優先して入院させている。ジャンヌ・ガルニエの事務長のセドリック・ブトネ氏は「特に高齢で独居の患者が入院するケースが多い」と話す。

約90%が癌患者だが、疾患は限定しておらず、筋萎縮性側索硬化症の終末期の患者や、急性腎不全で透析を拒否して予後が短い患者など、非癌の患者も約10%を占める。平均在院日数は19日。平均在院日数が短いのには、死期が迫った患者が多いことや、診療報酬が包括払いで一定の在院日数を超えると減額されることなどが影響している。

開業一般医も緩和ケア
USPやLISP以外の入院患者への緩和ケアの充実も図られている。現状では、終末期を迎える患者全員をUSPやLISPだけでカバーすることは到底できない。そこで近年、院内にモバイルチームと呼ばれる専門組織を設ける動きが盛んになっている。モバイルチームは日本の緩和ケアチームと同様、医師や看護師、臨床心理士ソーシャルワーカーなどから構成され、院内の入院患者に緩和ケアを行う。現在、フランス全土に約320チームが存在する。

モバイルチームは、病院を退院した患者の自宅にも赴く。フランスには、急性期を脱したものの医療必要度の高い入院患者を自宅に戻し、自宅を病床と見なして病院の担当医師と地域の「開業一般医」(次ページの囲み記事を参照)が一緒に治療を行う「在宅入院システム」がある。モバイルチームはそれを緩和ケアの視点からサポート。退院患者の疼痛を緩和する薬剤の投与量設定などに当たる。これにより、患者を在宅に戻しやすくなるわけだ。

さらに近年、在宅患者への緩和ケアの提供体制も強化されている。06年の統計では、死亡者のうち自宅で死亡する割合は27%に上り、在宅での看取りも少なくない。緩和ケアに慣れていない開業一般医が在宅患者に対して緩和ケアを提供できるよう、病院と一般医が連携する仕組みも作られている。

疼痛コントロールに難渋する患者などについて開業一般医が専門知識を持つ病院の医師に相談し、助言を得る仕組みである「地域ネットワーク」がそれだ。地域ネットワークは、連携関係を築いた病院の医師や開業一般医が手挙げ制で行政に申請し、承認を得る公的ネットワーク。

フランスでは病診連携を促す目的で、様々な疾患に関する地域ネットワークが作られているが、緩和ケアの地域ネットワークはその1つで、フランス全土に約120ある。パリ市内の開業一般医で、パリ大一般医科教授でもあるセルジュ・ジルベルグ氏は「地域ネットワークでは、疼痛や呼吸困難に対するモルヒネ増量の仕方、経管栄養を中止する目安などについて相談している」と言う。

4月22日法の制定以来、モバイルチームや緩和ケアの地域ネットワークは増加。手薄だったUSPやLISP以外の入院患者や在宅患者への緩和ケアも充実してきた。プルシェ氏は「緩和ケアの提供体制は、十分整った」と評価する。

課題は非癌の緩和ケア
ただし、課題もある。一つは、4月22日法が制定されて6年がたった今でも、法律が十分に浸透していないことだ。ジルベルグ氏は、「4月22日法で積極的な安楽死が認められたと勘違いしている患者もおり、理解が進んでいないと感じる」と指摘する。

治療の差し控えや中止が選択肢となることや、どのようなプロセスで差し控えや中止ができるか知らない医療者もいるという。緩和的な治療を行っていてもなお患者に治療中止などの選択肢を示さず、治療継続にこだわる医師もおり、「医療者の考え方を変える必要がある」とプルシェ氏は指摘する。

また、「終末期医療について患者と話し合うタイミングが難しい」とジルベルグ氏は言う。高齢患者については事前に、どこまで治療するか、水分や栄養を投与するか、病院での治療を望むかなどを話し合うようにしているが、「患者自身が終末期を具体的にイメージできない場合、話し合おうとすると拒絶されることも多い」とジルベルグ氏は語る。

非癌の緩和ケアも課題だ。フランスの全死亡者のうち癌による死亡は約30%。前述の通り、USPやLISPは癌でも非癌でも利用できるほか、緩和に使う薬剤も疾患に関係なく投与できる。しかし、実際、USPやLISPの入院患者のほとんどは癌患者が占める。緩和ケアの地域ネットワークも、癌を対象に活動しているところが大部分。日本と同様、癌患者に比べて非癌患者の緩和ケアが手薄になっているのが実情だ。「今後は、終末期の認知症患者など、多くの非癌患者がUSPを利用したり、手厚い緩和ケアを受けられるようにしたい」とデルヴィル氏は話している。

フランスのかかりつけ医制と地域ネットワーク
フランスでは2004年に医療保険に関する「8月13日法」が制定され、16歳以上の国民にかかりつけ医の登録が義務付けられた。救急科や産婦人科、小児科、眼科、精神科(26歳未満)には直接受診が可能だが、かかりつけ医の紹介なしにそれ以外の診療科を受診すると、自己負担が高くなる。日本医師会総合政策研究機構フランス駐在研究員の奥田七峰子氏は、「かかりつけ医にゲートキーパーの役割を持たせ、医療費削減につなげるのが狙いだ」と話す。

フランスでは、幅広い疾患を診療する一般医科(medecin generaliste)が専門診療科の一つとして存在し、標榜科として認められている。国内に約21万人いる医師のうち約半数が一般医で、うち約70%が開業医だ。一般医以外の専門医は、開業医と勤務医がほぼ半々。国民は専門診療科にかかわらずかかりつけ医を選択でき、開業一般医を選ぶ人もいれば、病院に勤める特定の診療科の専門医を選ぶ人もいる。「ただ、予約を取りやすいため、80%以上が開業一般医を選んでいる」と奥田氏は説明する。

セルジュ・ジルベルグ氏は、「地域や医師によっても異なるが、1000~1500人程度の患者を抱える開業一般医が多い」と話す。開業一般医が在宅で看取るのは、一般的に年間数人程度だという。
 プライマリケアから終末期医療までを幅広く手掛けることが求められる開業一般医をサポートする存在が、様々な疾患について設けられている地域ネットワークだ。緩和ケアのほか、周産期、老年医学、癌、糖尿病、喘息などの地域ネットワークがあり、難治例への対応など一般医が困ったときに病院に相談することができる。
 臨床上の悩みに応えるだけでなく、実務的な相談も可能。老年医学のネットワークでは、「ベッドをレンタルしたい、ホームヘルパーを頼みたいといった在宅患者の個別ニーズの相談にも応じてくれる」とジルベルグ氏は話