障害者の買春を福祉で賄うことの是非論争、でも実は別の話? (英)

英国で新しく導入する自治体が増えているダイレクト・ペイメント制度
(個別ケアプランに応じた費用が直接サービス利用者に支給される)で
障害者の買春費用の支払いまで認められるべきかどうかが、論争になっている。

ある自治体が21歳の知的障害のある男性のケアプランに
オランダのアムステルダムへの買春旅行を入れたと報じられたのがきっかけ。

男性のソーシャルワーカーは、
ソーシャルワークとはクライアントのニーズを汲んでそれに応えること、
この人の場合は怒りとフラストレーションを抱えており、
セックスにお金を使うだけのニーズがあると考えた、と。
障害者のセックスは人権だとも。

The Sunday Telegraphなどの調査によると、

ストリップ・クラブとかインターネットの出会いサイトの費用くらいは
認めるという自治体が多い中で、4つの自治体が
本人の心身の福祉になるなら障害者による性労働者への支払いを認めている。

中には、知的障害者が不当な搾取を受けないよう、
ワーカーが介入して支払い料金の確認を行う、というところも。

違法行為でない限り使い道の道徳性を云々することはしない、という自治体もあり、

大半は、この問題に特に明確な方針はなく、
違法行為でない限り、ソーシャルワーカーの個別判断に任せるのが基本姿勢の様子。

メディアの取材に対して、
障害者から性労働者への支払いに使われたかどうかは知らないと回答した自治体も。

Disability Allianceの幹部Neil Coyle氏は
「大半の障害者は性サービスの料金を国に払ってもらおうなんて考えていない。
自治体に支援を求める時には着替えだとか入浴など、
求めているのは尊厳のある暮らしを維持するために不可欠なサービス。

自治体がこのところ、
そういう基本的な支援を、必要とする人から引き上げていることを考えると、
障害者にとってセックスはそれほど重大な問題ではない」

Councils pay for prostitutes for the disabled
The Telegraph, August 14, 2010


私はてっきり売買春は「違法行為」なんだとばっかり……。
いつのまに違法行為じゃなくなったんだろう?

女性の立場からいえば、障害者と性を巡る議論にはいくつもの差別が重なっていて、
気にかかる問題ではあるものの、どう考えたらいいのか、今のところ、まとまらない。

(「売春」はいつのまにか「性労働」になったんですね。
 知らなかった……。その言葉、なんとなく女性の自己選択を匂わせている気がするのだけど、
 昨日だったかGuardianに世界規模での子ども・女性の人身売買について報じる記事があって
 その実態はホロコーストに匹敵する今世紀最悪規模の道徳的犯罪だ、と。)
 
Telegraphの報道は、まずまず冷静だし、
自治体の姿勢もそれなりにまっとうだとも思う。

それよりも、
連立政権になって社会保障がずいぶん圧縮されようとしているようだから、
Coyle氏が言う通りに、問題は実は別のところにあるんじゃないのか、という気がして、
そっちの方が気がかりな感じ。

なにしろ、
以下の2本のMailの記事は、明らかに世論の反発を煽っている。

文章のトーンや不正確で誘導的な表現が不快なのでロクに読んでいないけれど、

タイトルに登場している5億2000万ポンドは
高齢者と障害者を対象にしたダイレクト・ペイメントの予算総額だというのに、
わざわざ、それを「こんな巨額な納税者の資金から」とタイトルに書くというのも、
「障害者に買春させるために納税者はこんなに沢山のゼニを使わされているのか!」
というメッセージがそこには仕掛けられているようにも思え、

障害者がセックスするのが問題なのか、
障害者が買春するのが問題なのか、
それとも買春のために海外まで行くのが問題なのか
アムステルダムには障害者専門の売春婦がいるとのこと)
障害者がタダで、または自分の金でセックスするのは構わないけど、
障害者がセックスすることに社会サービスの費用を使うことが問題なのか、
買春に社会サービスの費用を使うことが問題なのか、
それが海外というのは贅沢だという問題なのか、

それとも、そもそも5億2000万ポンドという金額が
納税者が高齢者と障害者の社会サービスのために出してあげる額として気に食わないから
そんな不謹慎かつゼイタクな目的で使われているんだったら
いっそ取り上げてしまおう……という、

一見、障害者のセックスを問題としているようでありながら、
実は全く無関係な問題をみんな考えてみろ……と言外に言われている、ということなのか。




そういえば、コイズミ政権の頃、
日本でも、こういう路線の話を聞いたよなぁ……。

私があの当時あれこれの検討に参加していた人から直接聞いたことがあるのは、

生活保護を受けている家庭というのは何代にも渡って保護を受け続けていて、
保護で暮らすのが当たり前という感覚がもうライフスタイルになっているから、
その一家では最初から誰も働く気などない。
生活保護に寄生している、そういう家族が結構ある」

有名な重心施設の名前を出し、
「重心施設なんて、子どもにバンバン薬を飲ませて、
ただ眠らせておいて福祉の予算を沢山せしめてボロ儲けしている」

真偽すら分からないし、仮に事実だとしても、
悪質な例外ケースに過ぎない。

しかし、制度が見直され
本当に保護を必要とする人が拒否されたり、
高齢者や母子家庭の保護費が減額されたり、
心施設全体の経営が圧迫されるような制度変更が行われていく前には、

なるほど、ああいう話が
「みんな、そういう、とんでもない連中なんだ」と言わんばかりに
誇張して流されるものなのだなぁ……ということを私はあの時に学んだ。

きっと、
「それじゃ、私たちは損じゃないか」という不平等感というのは
それほど火をつけやすく、報復感情を呼び寄せやすいものなのだろう。

「あいつらだけ得しやがって。
そんなの、こっちばっかり損じゃないか」という国民感情が芽生えれば、
そこには自ずと「どうにかしろよ」という報復・処罰感情が伴って、

“得している人たち”のための予算が削られることは
不平等や損得の是正に過ぎない、しごく正当なことのように感じられて、

障害者にとって、それは生きていくのに基本的なケアを削られることなのだという事実は
そういう感情を持ってしまった人からは見えにくくなる。



そういえばMencapが連立政権の社会福祉制度改革で
DLA(障害者手当)を打ち切られる人が出ることを心配している。

Reforming the welfare system
Mencap, August 18, 2010



以下のソーシャル・ケアのサイトの掲示板では
ワーカーさんたちの議論もあって、ちゃんと読めば勉強になりそうなのですが、
ここは障害者のセックスの問題を議論させられることそのものが
戦略にまんまと乗せられることになるんじゃないのか、という感じも。

Sex and social work
Care Space – The online community for social care


その掲示板で、障害者と性の問題に詳しい人が、
みんなもっと勉強しろと言って張っていた関連サイトのリンクを、
一応、メモとして以下に。

http://www.outsiders.org.uk/news/sex-workers
www.touchingbase.org/about.html
sexuality.about.com/b/2007/01/19/sex-work-and-disability.htm
sexuality.about.com/b/.../sex-work-and-disability-reconsidered.htm
www.outsiders.org.uk/news/sex-workers
www.field.org.au/events/resources/disability_sexuality/
www.tlc-trust.org.uk/
women.timesonline.co.uk/tol/life_and_style/.../article5716226.ece
www.rsm.ac.uk/academ/sej101.php
www.pickledpolitics.com/archives/6533
www.bbc.co.uk › Home › Features
www.independent.co.uk › News › UK › This Britain
www.zoomerang.com/Survey/WEB228BX3BZR3X
www.informaworld.com/index/780900864.pdf