まだある論文の”不思議” その3

親のアイディアが具体的な計画となった場面に居合わせたのがGunther 医師である事実を伏せていることの不思議。

両親のブログに書かれている事実関係を整理してみると、いわゆる“アシュリー療法”のアイディアが生まれ、それが具体的な計画となるまでの経緯は以下のようになります。


  2004年初頭、6歳6ヶ月のアシュリーに思春期初期の兆候が見られる。

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  アシュリーの母親が「アシュリーの医師」との会話の中で、思春期を加速させて最終身長を抑制するというアイディアを思いつく。(この時医師に会ったのは母親のみ。この「アシュリーの医師」は特定できません。)
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  シアトル子ども病院の内分泌医Gunther 医師の予約を取り、両親そろって「私たちのオプション」を相談。エストロゲン大量投与で成長抑制が可能と分かる。60・70年代に背の高い少女に行われたホルモン療法では副作用がなかったことも分かる。(この時は両親がそろっていた。)


     
この経緯に重なる部分を論文から探すと、「医師らの論文にはマヤカシがある その3」で引用した、あの長くややこしいセンテンスに行き当たります。
「両親と医師(なぜか無冠詞単数形)が長い間相談した末に、大量エストロゲンを使って成長を抑制し、治療前に子宮摘出術を行って思春期の一般的な長期的な問題と、とりわけ治療の反作用を軽減するという計画が作られた」。
受動態になっているため、誰がその計画を作ったのかは不明です。如何に長く、構造上ややこしいセンテンスになろうとも、受動態で書かなければならなかった理由は、恐らくこのあたりなのでしょう。

両親のブログの描写と突き合わせてみると、この場面では両親がそろっていることから、論文のこのセンテンスの「医師」はGunther 医師のことと思われます。Gunther医師自身が、このケースで行った療法をアメリカの障害児福祉施策に貢献するnew approach だとまで言って論文発表しているというのに、なぜその計画を具体化したのが自分自身であることを隠すのでしょうか。

ちなみに、1月12日に「ラリー・キング・ライブ」に出演した際にDiekema医師は、自分が倫理カウンセラーとしてこのケースにかかわるようになった経緯について、両親がシアトル子ども病院で「われわれの医師の一人と、彼らが娘にメリットがあると考えていることを行うことについて話をした後で関与を求められた」と説明しています。「両親が娘にとってメリットがあると考えていること」はもちろん成長抑制、両親のブログの言葉で言えば「われわれのオプション」に当たるのは明らかですから、両親がそろってGunther医師に「われわれのオプションを相談」した場面でしょう。ここでもまたDiekema医師の言う「われわれの医師の一人」とはGunther医師のことになります。
1月12日といえば、両親のブログはすでに世界中の人に読まれています。今年に入って最初に報道したロサンジェルスタイムズの1月3日の記事をはじめ、多くの記事でGunther医師はアシュリーに行われた一連の処置の考案者だとか監督者と書かれてもいます。いまさら「われわれの医師の一人」などと隠したところで無意味だと思うのですが、これもまた何らかの無意識のなせる業だったのでしょうか。

無意識といえば、この「両親が娘にとってメリットがあると考えていることを行うことについて話をした」というのも面白い表現です。(Ashley’s parents )had a conversation with one of our physicians about doing the things they thought would benefit their daughter. ここには「彼らが勝手にそう思っているところの」というニュアンスが、ありはしないでしょうか。