トリソミー13の新生児に心臓手術を認めた倫理委の検討過程 1

17日の補遺で拾ったMedical Futility Blogの記事で紹介されていた
NICUでの“無益な治療”判断において倫理委の役割を提唱する論文。

The role of a pediatric ethics committee in the newborn intensive care unit
M.R. Mercurio, Department of Pediatric, Yale Pediatric Ethics Program,
Journal of Perinatology (2011) 31, 1-9

全文がウェブで読めます。
アブストラクトは以下。

Institutional Ethics Committees are commonly available in hospitals with newborn intensive care units, and may serve as a valuable resource for staff and parents dealing with difficult ethical decisions. Many clinicians may be unaware of when the committee might be helpful, or how it functions. After a brief historical introduction, two cases are presented as illustrations of pediatric ethics committee function. The first involves consideration of cardiac surgery for an infant with ventricular septal defect and Trisomy 13. The second involves disagreement between staff and parents regarding possible provision of cardio-pulmonary resuscitation in a terminally ill newborn. Principles and considerations often brought to bear in committee deliberations are reviewed for each case. Neonatologists, staff and families should be aware of this potentially valuable resource, and are encouraged to use it for situations of moral distress, conflict resolution or ethical uncertainty.


以下の2つのケースが紹介されており、

① トリソミー13の新生児Danielの心臓手術。

② 未熟児で生まれて呼吸障害のある新生児Katherineに腹腔内に広がったがんが見つかり、
両親の蘇生希望に反して倫理委がDNR指定を勧告。

Danielのケースについてこれから2つ、Katherineのケースについて1つ、
計3つのエントリー・シリーズで取りまとめてみます。

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①Danielのケース。

概要は以下。

妊娠38週で2300グラムで生まれた男児 Danielくん。
トリソミー13と、心室中隔欠損症(VSD)があったため、
両親は予後が非常に悪く乳児の内に死ぬだろうと説明を受けた。

ここで非常に気になる表現があって、
They were offered termination of the pregnancy but declined.

過去完了になっていないし文脈からしても、これは生まれた後のことのはずなので
生まれてきて障害が分かったら「妊娠中絶」ということにして死なせましょうか、と
問われて、それを両親が断ったということでは……?

Daniel くんはNICUへ。
生後4週間目くらいから呼吸が怪しくなってきたので
医師はVSDの子どもはだいたいこういう転機をたどって亡くなることが多いと両親に説明。

両親は心臓の手術を望んだ。

この病院では
VSDを伴うトリソミー13の障害児には緩和ケアのみで
手術も行わないし呼吸器装着などの積極的な治療も行わないのがスタンダードで
これまでトリソミー13の子どもに心臓手術は行ったことがなかったため、

インターネットで詳細な情報収集をした上での両親の強い希望を受けて
担当医は病院の小児科倫理委員会(PEC)に検討を依頼した。


PECがまず重要視したのは判断の根拠となるデータの信頼性。

「トリソミー13の子どもは生後1年以内に死ぬことが多い」とされているのは
そもそも治療されないからではないのか。治療した場合の生存率はどうなのか

そこで調べてみたところ、データからは治療すれば延命できるケースもあると思われた。
では「延命できるとして、その場合の障害の重さはどの程度になるのか」

私はこのケースで最も興味深い点の一つだと思うのだけど、
ここでPECはトリソミー13の子どもの親の会の情報にインターネットで当たっている。

すると、中には
周囲で起こることが分かり喜びや幸せを感じていると見える子ども、
他者と関わりをもったり、ごく基本的な言葉を話すことができる子どもまでいた。

そこで、PECは遺伝学の専門家に、これらが事実かどうかの確認を求める。

この専門家の答えが、これまた私には非常に興味深いのだけれど、
「トリソミー13の子どもが言葉を喋ったという話は聞いたことがあるが
自分自身はそういうケースは知らない。

この子は周りのことが分かっているしやりとりもできるという親はいるが、
自分はそれが事実かどうか分からない」。

PECは次に「親の決定権」と「子どもの最善の利益」との相克について検討する。
小児科医療では「親の決定権」が重視されるが、かといって絶対的なものではない。
子どもの最善の利益に反する場合にはその判断が親の決定権を凌いでしかり。

ここで参照されるのが、これまた興味深いことに
我らが倫理学者Douglas Diekemaの「最善の利益よりも害原則」説。
しかし、これは親が治療を拒否している場合の話なので、
親が希望し主治医もやってよいと言っているこのケースにはそぐわない。

PECはDaniel君の手術について
「単にスタンダードだからやらないということでもいけないし
単に親が希望しているからやるということでもいけない」とのスタンスを確認。

そこまでを抑えた上で、PECの議論は最終的に
手術が本人にもたらす利益と負担(害)の比較考量へと進む。

次のエントリーに続きます。