警察が「捜査しない」と判断する、英国「自殺幇助起訴ガイドライン」の“すべり坂”

6月18日の補遺で拾って、以下のように書いた話題の続報。

英国で、水の事故で全身マヒになった33歳の息子をスイスへ連れて行って自殺させたという女性Helen Cowieさんがラジオ番組に電話で自殺幇助を告白し、警察の捜査を受けている。:英国では、事故で全身マヒになった23歳の元ラグビー選手を Dignitasへ連れて行った両親がすでに「起訴するだけの証拠はあるが、起訴が公益にならない」として不起訴になっている。だいたい、公訴局長のガイ ドラインが出て以降、起訴になった人はいないのだから、この人も不起訴になるのだろう。
http://www.dailymail.co.uk/news/article-2004955/I-helped-paralysed-son-33-die-Dignitas-says-mother-police-launch-assisted-suicide-investigation.html?ito=feeds-newsxml


この時、Daily Mailは警察が捜査を始めたかのように書いているのだけれど、
どうやら、その部分は誤報だったらしくて、

今回の「続報」は
「警察は捜査しないことに決めた」という内容。




でも、この話、「やっぱり思った通りだったわね」と言って終わるわけにはいかない。
そういう話じゃない。違う。断固、ゼッタイに、違う。

なぜなら、「これまでの事例から不起訴になる確率が非常に高い」ということと
「だから警察が捜査もしない」ということとは全然、同じではないから。

09年の公訴局長のガイドライン
「自殺を勧めたり幇助した事件は全て警察の捜査対象となる」と明記しており、

そもそも、あのガイドラインは、
警察の捜査を受けて後に、本来なら起訴相当の証拠がある自殺幇助事件で、
検察が起訴・不起訴の判断をする手順とスタンダードを定めたもの。

しかも、起訴が公益に値するかどうかの判断を最終的に確定できるのは
公訴局長の同意によってのみとまで規定しているはず。
(詳細は文末の「ガイドラインを読む」のエントリーに)

「どうせ不起訴になるに決まっているなら警察は捜査しなくてもよい」とも
「どうせ起訴になる人はいないと世の中みんなが考えるようになったら、
捜査すべき自殺幇助事件かどうかを警察が判断してもよい」とも
書かれているわけではない。

「起訴・不起訴判断の段階で」公益を考慮して「公訴局長が最終的に決める」と
定められた手順が「どうせ不起訴に決まっているから踏まなくてもよい」とばかりに
なし崩しにされていくなら、それこそが「すべり坂」ではないか。

それに、ものすごく不快なのは
Guardianの記事の後半がガイドラインに言及し続けていながら

「自己決定能力がある人が自己決定したことであると明らか」とか、
「幇助行為が自分を利する目的ではなく思いやりからしたことだと明らか」だとか
「幇助した者が警察の捜査に協力的であること」など
不起訴にカウントされるいくつかの要件を並べてみせるばかりで、

警察が捜査に入らない判断をする、という
ガイドラインの枠組みそのものに反する今回の矛盾については
一切、まったく触れていないこと。


【追記】
Wesley Smithが、この一件について
この青年だって絶望を乗り越えて生きていけたかもしれないというのに
英国はこうして重い障害を負った人たちは幇助を受けて自殺してよいとのメッセージを送っている、と
批判しているけど、

その中で「警察の十分な捜査の後で」という文言を含むガイドラインの一節を引用しながらも、
その警察が捜査をしないと明言していることの不適切については触れていない。