子宮摘出の本当の理由、もしかして書いたつもり?

前回、論文の「メンスの始まりについても(両親は)心配していた」という1文が論文のどこにも繋がっていないと指摘しました。この点について、もう少し詳しく検討してみます。

論文の中で、あくまで「治療前」との形容つきですが、子宮摘出が初めて出てくるのは、この「メンスの始まりについて云々」の直後になります。著者は、これを書いたことで「一応は本当の理由も書いた」と安心したのでしょうか。次の段落が、「医師らの論文にはマヤカシがある その3」で引用した、ややこしくて分かりにくい、あの長いセンテンスで始まるのです。両親と医師とが話し合った結果、「エストロゲンの大量投与によって成長を抑制し、治療前子宮摘出術によって思春期一般の長期的な問題と特に治療の反作用を軽減するという計画ができた」という、あの文です。なににつけ、このセンテンスに話が戻ってしまうのは、それだけここにゴマカシがたくさん仕掛けられているからでしょう。

原文を引いてみます。

After extensive consultation between parents and physician, a plan was devised to attenuate growth by using high-dose estrogen and to reduce the long-term complications of puberty in general, and treatment adverse effects in particular, by performing pretreatment hysterectomy.

英語教師をしているネイティブ・スピーカー2人に別々に読んでもらって、2人ともが「悪文すぎて何が書いてあるのか分からない」と呆れたセンテンスです。が、受動態で書かれていること(誰が計画を作ったのかを示さなくて済む)を初め、必要なマヤカシをすべて盛り込むには、このような悪文にならざるを得なかったものでしょう。

A plan to attenuate and to reduce と読むことで、読みにくさが1つ解消すると思います。

reduce の目的語を the long-term complications of puberty in general and treatment adverse effects in particular の2つだと理解してもらうと、文の構造はつかめると思います。その手段が performing pretreatment hysterectomy です。

治療前子宮摘出術を行うことによって、「一般的な思春期の健康上の問題と、とりわけ治療の反作用
」の2つを軽減する計画が出来た……というわけです。(初出時に「治療前」と形容されていることは注目すべきと思います。)

さて、この直前に「親がメンスの始まりについても心配していた」という一文があるからといって、次にこの分かりにくいセンテンスを読んで、ここでいう「一般的な思春期の健康上の問題」とはメンスのことで、それを軽減(なくしてしまうのは本当は”軽減”ではありませんが)するために子宮を摘出したのだな、親はそのためにこそ子宮摘出を望んだのだな……と、事実の通りに理解できる人が、果たしているでしょうか。

それでも、なるべくウソだけはつきたくないらしい執筆者の心理としては、「子宮摘出の本当の理由についても、ちゃんと書いた」という言い訳(なぐさめ?)になったものでしょうか。それとも、このような書き方をもって、「誤魔化してなどいない、このように自分は子宮摘出の本当の目的についても、きちんと書いている」と主張するつもりなのでしょうか。

追記: 上記の記述があるのは「症例報告」の中ですが、その後「成長抑制療法の歴史」という項目をはさんだ、はるか遠く「治療のリスク」の項目に、以下の一節があります。
予防的子宮摘出術にはエストロゲン療法に付随するメリットがいくつかある。この一回限りの処置により生理のcomplications が取り除かれ、また多くの場合、生涯にわたって続けなければならないホルモン注射の支出、痛みと不便を本人と介護者から取り除く。

これもまた、こう書くことで「子宮摘出の本当の理由も書いた」という言い訳のつもりなのかもしれませんが、理解できないのは生理のcomplications が一体何を意味するのか、ということ。生理は病気ではないのにcomplications とは何のことなのか? それとも、その後に、まるで多くの障害女性が一生涯ホルモン注射で生理を回避しているように書かれていることから極めて親切な推測を行うと、これは「生理痛」のつもりなのでしょうか。しかし生理痛は生理のcomplications……? 

しかも、これは「治療のリスク」の項目。あくまでもホルモン療法の副作用軽減策としての「予防的」または「治療前」子宮摘出についての文脈です。