「訴える言葉を持たない人の痛みに気付く」書きました

これもまた、09年10月に書いたものなのですが、
ここしばらく集中的に考えていることに関連するので、発掘してきました。

訴える言葉を持たない人の痛みに気づく

 もう何年も前のことだけど、重症重複障害のために言葉を持たない娘が腸ねん転の手術を受けたことがある。術後、本人は必死に目で訴え、声を出して助けを 求めていたし、親も痛み止めの座薬を繰り返し強く求め続けたにもかかわらず、外科医は娘の痛みに対応してくれなかった。回腹手術直後の痛みを、娘は痛み止 めもなしに放置された。ただ口で「痛い」と言えないというだけで──。

 以来、私は、言葉で訴えることのできにくい患者の痛みに対して、医療はあまりにも鈍いのではないか、という強い疑念を抱えている。

アルベルタ大学作業療法学科が認知症の人の痛み行動ワークショップ

 Medical News Todayの記事「認知症の人の痛みはしばしば見過ごされている」(9月3日)によると、認知症の人で見過ごされがちなのは、関節炎、糖尿病神経障害、骨折、筋肉の拘縮、打撲、腹痛、口腔潰瘍の痛みだそうだ。

 「アルツハイマー病または認知症の人に痛みがある時に、あなたは気づけますか?」 こんな問いを投げかけて、認知症と痛みに関する情報を提供し、認知症の人の痛みに気づくためのツールを紹介するオンライン・ワークショップが、その記事で 紹介されている。カナダ、アルベルタ大学作業療法学科のキャリー・ブラウン准教授が主催するプログラム、Observing & Talking About Painである。

 オンラインでブラウン准教授の講義を聴くことができる他、痛み行動について、認知症の人を介護する家族向けに半日コースのワークショップを開催する場合 のツールキットもダウンロードできる。プレゼン内容や開催までの準備手順を詳しく解説した文書、当日の配布資料、パワーポイントのシートまで、懇切丁寧な 資料となっている。

 プログラムでは、池の水面に散り敷いた落ち葉の写真が、あちこちにシンボルとして使われている。「水面下で起きていることが落ち葉に覆い隠されているように、認知症の人々が経験している痛みの深さを知ることも難しい」と、ブラウン准教授は言う。

 例えば、認知症の人が熱いコーヒーで口の中にやけどをしたとしよう。言葉で伝えられなければ家族には分からないし、本人が痛みの原因を忘れてしまうこと もある。ものを食べようとしない理由が理解されないため、周囲は食べさせようとし、本人はそれに抵抗する。拒絶が攻撃的な行動や閉じこもりに至ると、それ は脈絡のない問題行動とみなされてしまう。痛みが見過ごされることの影響は決して小さくないのだ。

 プレゼンの内容は5つの章に分かれており、①「痛みはない」との神話について。なぜ認知症の人の痛みは理解されないのか? ②認知症の人に痛みがある理由、③痛みを見つけるヒント、④痛みを見つけるためのツールPAINAD、⑤痛みへの対応。

 ③では認知症の人が一般的に見せる痛み行動について、顔の表情、言葉や音声、身体の動き、行動や感情の変化などを詳細に解説。認知症の人を定期的に観察 し、項目ごとに0点から2点でチェックできる痛み行動のアセスメント・シートがPAINADである。米国老年医学会やオーストラリア痛み学会が作った「高 齢者入所施設での痛みのマネジメント戦略」(右に仮訳を掲載)を元に、アルベルタ大学作業療法学会が提唱しているもの。⑤では家族介護者が日ごろ配慮した い注意点をアドバイスする。

「医療の無関心が知的障害者を死に至らせた」とオンブズマンの報告書(英国)

 英国では、2007年に知的障害者のアドボケイト団体Mencapから、知的障害者に対する無理解、無関心から適切な医療が行われないために、救えるはずの命が奪われていると訴える声が上った。

 医療オンブズマンの調査が行われ、今年3月に刊行された調査報告書では、医療サイドの偏見から、障害がなければ当たり前に行われるはずの痛みへの基本的 ケアが行われず、不幸にも死に至ったケースの存在が確認された。オンブズマンは関係者らに患者家族へ賠償金の支払いを命ずると同時に、NHSと社会ケア組 織、ケアの質コミッション、平等と人権コミッション、保健省のそれぞれに対して、システムの見直しや改善計画の策定を命じた。

 言葉で訴えることができない人たちが経験している痛みの深さを知ることは難しい──。日本でも、まず、その難しさを知り、「痛みはない」との神話を疑ってみることから始めて欲しい。

ワークショップのサイトはこちら
http://www.painanddementia.ualberta.ca/
連載「世界の介護と医療の情報を読む」
介護保険情報」2009年10月号