日本尊厳死協会理事長・岩尾氏の講演内容の不思議 1

社会保険旬報」のNo.2509(2012.10.1)、No.2510(2010/10/11)に、
尊厳死のあり方 ―― リビングウィルの法制化」と題して
医療経済フォーラム・ジャパン主催の第59回定例研修会(8月24日)で
日本尊厳死協会理事長の岩尾聰一郎氏が講演した内容が掲載されている。

その中で
私には不可解な個所がいくつかあるので、そのうちの4点について。
(もっとも、記事はあくまでも講演内容を記者が取りまとめたものなので、
細部には実際の発言内容との齟齬がある可能性も否定はできませんが)

なお、論点ごとの詳細は関連エントリーをリンクしておりますが、

英国に関する大筋での事実関係は
昨日のエントリーで取りまとめたBBCの記事でも確認できますので、ご参照ください。


Ⅰ. まず、英国について触れられている以下の個所。

多発性硬化症のパーディさんは、「自分が意識がなくなったときには、自分を介助して死ぬようにしてくれ」と言って、誰かが手伝ったときにその人が訴追されないことを確認する裁判を起こした。
 そのときに裁判所は、訴追には法務総裁の同意が必要だが、どういう場合に訴追されるのかされないのかはっきりせよという判決が出た(09年)。それから3年かかって「臨死介助に関する委員会(The Commission on Assisted Dying)」が今年1月に最終報告を出し、次のように適格基準を示した。
(1) 18歳以上
(2) 「終末期の病状」=12か月以内に患者が死を迎える見込みがあり、段階的に進行する不可逆な状態
(3) 「自発的な選択」=任意性と強制されないこと
(4) 「当事者の意思決定能力に関する評価(精神的能力)は必要不可欠」
(No.2509, p.20)


最初にひとつ訂正しておきたいこととして
Debbie Purdyさんが裁判所に訴えたのは
「意識がなくなった時には自殺幇助を」ではなく、

「病気が進行したら、いずれスイスのDignitasへ行って死ぬことを考えている。
その時に夫が私に付き添って行っても、帰国後に訴追されない保証が欲しい」だった。

高等裁は、
自殺幇助が違法行為である以上、彼女が求めているのは法改正に等しく、
それは裁判所ではなく議会の仕事だとして、パーディさんの訴えを却下。

その後、彼女の上訴を受けて、最高裁
Director of Public Prosecution(DPP)に対して起訴するしないの基準の明確化を求めた。
そして出されたのが10年2月のDPPのガイドラインだった。




私はこのDPPを「公訴局長」と訳してきたけれど、
それが岩尾氏の言う「法務総裁」と同じなのかどうかはわからない。
それは訳語の問題にすぎず、とりあえず大した問題ではないと思うのだけれど、

私が疑問を感じるのは、

① パーディ裁判の判決は
DPPに対して起訴判断の明確化を求めたものであり、
DPPはそれを受けて9年秋にガイドラインの暫定案を、
翌10年2月には最終ガイドラインを出した。

つまり、パーディ裁判の判決を受けた動きは
10年2月のガイドライン終結を見た。

ところが岩尾氏の発言では、
DPPのガイドラインについてまったく触れられておらず、
パーディ裁判の判決を受けた「臨死介助に関する委員会」が3年もかかって報告を出して、
「適格基準をしめした」かのように聞こえる。

② DPPのガイドラインでは
 自殺幇助を受けた人についての「適格基準」が暫定案の段階では設けられていたが、
 最終のガイドラインからは外されて、どのような人であるかは問わないこととされている。

したがって、パーディ裁判によって
自殺幇助を受けられる人の「適格基準」が示されたかのように
岩尾氏が語っているのは事実誤認であり、ミスリーディングだと思う。


③ 岩尾氏がここで言及している
The Commission on Assisted Dyingが立ち上げられたのは2010年11月。

立ちあがった当時のメディア報道では
あたかも上院議会にそうした委員会が設けられたかのような印象だったけれど、実際には、
アルツハイマー病で、自殺幇助合法化を求めて熱心に活動している
作家のPratchette氏から資金が提供され、

2009年の自殺幇助合法化法案の提出者であったFalconer上院議員を委員長に、
「合法化支持の立場に偏っている」「公正ではない」と批判の多いメンバーを集めた、
昨日のBBCの記事が言う independentな、いわば私的な委員会。

(そもそも Assisted Dying という表現そのものを、
安楽死・自殺幇助合法化推進の立場の人でなければ使わないはず)

つまり、この委員会の報告は
パーディ訴訟とはまったく無関係だし、
その報告書の「適格基準」にも法的意味があるわけではない。

次のエントリーで、スイスに関する個所その他について。