「英国の社会的包摂施策」を書きました

近年、日本でも「社会的包摂」という言葉を耳にすることが増えてきた。ほんの概要に過ぎないが、英国の社会的包摂施策について調べてみた。
英国では2004年から09年まで「全国社会的包摂プログラム(NSIP)」が実施された。ブレア首相が1997年に内閣府に設けた「社会的排除(Social Exclusion)局」が2004年6月に、メンタル・ヘルスの問題がある人の雇用をはじめ社会参加を阻んでいる問題を軽減・削除することによって生活改善を図る行動計画“Mental Health and Social Exclusion”を発表したのがスタートだった。政府内の各省横断型の計画で、さらにボランティア、サービス利用者、精神科医療職など、様々なセクターと連携を図りつつ社会的包摂の実現を目指そうとする行動計画である。行動の対象カテゴリーとして挙げられたのは「スティグマと差別」「社会的排除への取り組みにおける医療と社会ケアの役割」「雇用」「地域参加」「基本的権利」「実現に向けて」の6つ。
それを受けて同年10月に刊行された具体的な行動指針“Action on Mental Health”では、さらに「雇用」「収入と福祉手当」「教育」「住居」「社会的ネットワーク」「地域参加」「ダイレクト・ペイメント」の7つのプロジェクト・エリアが示された。また06年には首相戦略局からも行動計画“Reaching Out: An Action Plan on Social Inclusion”が発表されて、NSIPを後押しした。
NSIPの4年間は09年3月に刊行された報告書“Vision and Progress: Social Inclusion and Mental Health”によって、「地域の動員」「雇用」「教育と技能」「住居」「芸術と文化」「リーダーシップと要員」「社会的包摂の取り組み:能力の高い要員と我々の仕事の譲渡可能性」の7つの中心領域ごとに総括されている。それぞれの領域で多様な関係者に働きかけを行い、それらを横断的に結び付けてリーダーを養成し、地域の文化に社会包摂的な変容を起こそうと取り組みが展開されてきた。もちろん、4年間で達成できるようなことではない。NSIPプログラム・ディレクターであるディヴィッド・モリス氏は前書きで次のように書いている。
「このプログラムを進めるに当たり重要なのは削除主義に抗うことであった。変化の過程で、個々人の複雑さやコミュニティの相互依存的性格を単独の要因や目的に矮小化してしまえば、ことは単純になるが、そこには人の生活の複雑さを過小評価するリスクが伴う。我々の出発点は、このことを認識し、そこから目的を広く共有するコンセンサスを築くことであった」
「それが我々の出発点であったとしても、終着点は存在しないことを認めなければならない。考え方や複雑な組織の縄張りを超えてサービスを変容させることを通じて、現在も文化的変容を果たすべく取り組みが続いている。全人的アプローチは全システム対応を必要とする。それらはいずれも単純なものでも短期に達成できるものでもない」
モリス氏は09年3月末でNSIPが終了した後も、セントラル・ランカシャー大学の地域、権利と包摂国際学部で包摂研究所(Inclusion Institute)を率いて、学問領域と現場とのパートナーシップによる社会的包摂のエビデンス基盤の構築、NSIPで作られた地域資源の活用と包摂施策の実施の支援、組織やコミュニティの変革のための人材育成など、取り組みを続けている。
09年の報告書でも包摂研究所のHPでも興味深いのは、co-production(共生産・共に作ること)が強調されていることだ。元は米国の市民権弁護士エドガー・カーンによって広められた概念だという。その人なりの経験や能力や技能を持つクライエントを「資産」と捉え、仕事を広く定義しなおし、相互作用としての関係性や人との繋がりを重視しつつ、クライエントと専門家とがサービス開発・実施プロセスにおいてパートナーとして協働すること。これは、メンタル・ヘルス・サービスの利用者の多くがまさに専門家の“ボックス”こそが問題なのだと語ることから、NSIPは“そのボックスの外側で”考え行動することを目指した、とモリス氏が報告書の前書きで書いたことと重なるだろう。
ちなみに社会的排除について、包摂研究所のHPでは以下のように定義されている。「社会的排除は、人びとあるいは地域が相互に関連し合った問題、たとえば失業、技能の不足、低収入、粗末な住居、高い犯罪率、不健康、家庭崩壊などを複合的に抱えた時に起こる。その特徴は、相互に関連し合った問題が互いに増幅し合うことにある。それらが複合すると問題が急速に複雑化する悪循環となる」。この定義に基づいて、同研究所はNSIPが掲げたのと同じ10のメッセージを再掲している。以下に全文を仮訳してみた。

介護保険情報」6月号掲載