「病院での認知症ケア実態調査 英国」を書きました

The National Audit of Dementia (全国認知症調査)は、医療の質向上を目指して集まった英国精神医学会などの職能団体が共同で2008年にスタートした事業である。2009年には一般病院(general hospital)における認知症の人々へのケアの質を調査するための評価基準をNICE(医療技術評価機構)のガイドラインなどを参照しつつ作成し、2010年3月から翌年4月まで調査を実施。英国で初めての調査だという。2011年12月に報告書”Report of the National Audit of Dementia Care in General Hospitals 2011”が発表されたので、要約から概要を紹介する。

調査の主眼は、以下の2点。
① ケアする能力の測定:認知症の人のケア・ニーズを把握し、それに応えるための病院の体制と資源の実態。
② ケアの質の測定:認知症の人が病院で一定レベルのケアを受けているエビデンスを収集・把握する。

調査は、病院レベルでの「中心調査」と病棟レベルでの「補足調査」の2層で構成。
具体的な方法は、病院レベルでは①認知症ケア方針など病院の体制に関する総合的なチェック・リストと②認知症患者40人の症例に関する資料。病棟レベルでは①ケア体制に関するチェック・リスト、②認知症の人に影響する物理的環境のチェック・リスト、③病棟スタッフへのアンケートによる意識調査、④それぞれの支援とケアに関する介護者と認知症の人へのアンケート調査、⑤病棟での観察。
中心調査の評価基準は①基本レベル、②期待されるレベル、③意欲的レベルの3タイプ。①基本レベルの最高点は、ケア体制で20/21点、症例情報の調査では14/28点だった。
全体の傾向としては、病院によりバラつきが大きく、また病院の総合的な体制と病棟でのケアの質とには相関はほとんど見られなかった。病院に認知症ケアの方針やケア・パスがあることは必ずしも現場のケアの質を反映しないということだ。
例えば栄養状態のアセスメントは全国的には7割の患者で実施されているが、病院ごとに見ると3%から100%とバラつき幅が大きい。患者の機能や精神状態、環境その他のアセスメントも、病院としては実施の方針が定められている割合が高い一方で、症例情報を見ると実際はさほど行われていないなど、病院方針と現場の実態のズレが目立った。
多くの病院が連携チーム(リエゾン・チーム)による専門的な精神医療が受けられる体制を謳い、実際にその体制を整備している。しかし、個別症例では夜間や週末の対応不足や退院以降に向けた支援サービスの不備が見受けられ、一般病院における精神医療と退院後に向けた支援体制の軽視が透けて見える。
慣れない病院環境で暮らすことになる患者を本人中心にケアするためには、必要な情報を家族や友人知人から聴取しスタッフ間で共有する仕組みが必要だが、どの病院でも病棟でも不十分で、本来なら避けられるはずの不穏や向精神薬処方に繋がっている可能性がある。スタッフ全員に認知症に関する意識向上研修を義務付けている病院は5%。認知症患者をケアするためのスキルアップ研修を用意している病院は23%。認知症ケアの研修・知識を十分に積んでいると感じるスタッフは32%。
99%の病院が最低限の人員配置確保に努力しているが、現場では認知症患者のニーズを満たすには人が足りないと感じているスタッフが3分の2を超える。また認知症ケアに当たるスタッフへの支援と指導の仕組みがある病院も少ない。
ベッドから時計が見える、色のコントラストにより掲示が見えやすく工夫されているなど病棟環境への配慮も、できている病院は項目ごとに概ね半数程度しかなく、改善が望まれる。
現場の観察から明らかになった実態も深刻だ。病棟は認知症にやさしい居住空間ではなく、騒音や慌ただしい人の気配から逃れることのできる空間が全くない。スタッフから関心を向けられることも少なく、活動も刺激もない病棟で患者は退屈している。病院の方針には本人中心ケアのアプローチが謳われていても、病棟にはそうした文化自体が存在せず、患者と接する姿勢は事務的である、など、多くの問題点が浮き彫りになっている。
日本の総合病院も認知症ケアに無関心ではいられない事情は同じだろう。学ぶところの多い報告書ではないだろうか。

「世界の介護と医療の情報を読む」69
介護保険情報」2012年3月号