「“身勝手な豚”の介護ガイド」 4: 「階段から突き落としてしまいたい」で止まるために

ものすごく感謝されてもいいだろ……と思うほどのことを
こっちとしては引き受けているつもりなのに、“
”子豚”はそれほど感謝してくれるわけじゃない。

それどころか、平気でワガママを言う。
言い出したらガンとして聞かないし。

着替えを手伝おうとすれば、
「5年前のクリスマスに○○ちゃんがくれたブラウスと
それに合うスカートがいい」なんて、涼しい顔で言ってのけてくださる。

クリスマスだろうとハロウィーンだろうと還暦祝いだろうと、
ボクは○○ちゃんがどのブラウスをくれたかなんて、知らんっ!

もし知ってたとしても、
そのブラウスに、どのスカートが合うかなんて、分かるかっ!

……けど、
面と向かってそうも言えない苦しいやり取りの最中に、
思わずブチ切れる寸前で部屋を飛び出し、
別室で壁に頭をゴンゴンぶつけながら
頭を冷やしたことなんか、もう数えきれない。

着るものについては、こんなことを繰り返しているうちに
ボクの方が妻の衣類に関する情報を頭に入れる方が結局はストレスが小さいと判断したけれど、

ワケの分からないことを何度も何度も何度も何度も訊かれ続けて
アタマが爆発しそうになったりとか、きっとボクだけじゃないよね。

殺意に近いものがこみ上げてくる瞬間って、
たぶん介護者ならみんな経験しているんじゃないかな。

ケアラーは
時にそういう気持ちになるのも無理がないような仕事を引き受けて
時にそういう気持ちになるのも無理ない生活を送っているんだと思う。
基本的に、体も心も疲れているのを押して、やっている介護なんだし。

自分は頭がおかしくなってきたんじゃないかって、不安に感じること、ある?

統計的に言うと、英国の半数以上のケアラーは
ウツ病など精神的な問題を抱えている。

だから、もしもあなたが「自分は頭がちょっと……?」と思うなら
それは、あなたは当たり前のケアラーだということで、
つまりケアラーとしては至って正常だということになる。

自分は虐待だけはしていない、って思う?

虐待って、殴ったり蹴ったりすることだけじゃないんだよ。

着替えや移動を手伝う手つきが、つい乱暴になってしまうとか、
つい相手に自分の優位を思い知らせるような言葉を吐いてしまうとか、
“子豚”が必要なものを、わざと持って行ってやらない小さなイジワルとか、

圧倒的な力の差がある関係性の中で、
自分の方が強い側で相手をいくらでもターゲットにできるってことになると
どうしても、そういうことが起こってしまう。

それ、神ならぬ人間の弱さだよね。

言いたいことが正直に言えない状況や
気持ちをうまく言葉にできないもどかしさなんかも、
つい手が出てしまう時の定番の起爆剤だ。

だから、そういうことをちゃんと意識していることは、まず大きな違いを生む。

階段から突き落としてしまいたい、という気持ちが繰り返されたり、
上で書いたような、ちょっとしたイジワルをし始めた自分に気づいたら、
あ、自分、疲れてきたな、燃え尽きかけているのかな、と考えてみて。

そういう時、まず、やってみてほしいのは、
自分が一番ストレスを感じている仕事は何かを考えて、その仕事で、ちょっとだけ手を抜いてみること。

そして、手を抜いた結果どうなるか、観察してみて。
ね。案外に、大した影響はないはずだよ。だいたい、そういうものなんだ。

そんなふうに、抜けるところの手を抜いていく。

そして前にも言ったように、レスパイトはゼッタイに必要条件。
ブレイク(休息)するか、あなたがブレイクする(壊れる)か。それを忘れないで。

そうそう、“子豚”がレスパイトに行っている間に
ゼッタイにしてはいけないことを、挙げておこう。

家の掃除――。“子豚”の身の回りの物の片づけ――。

例えば、ブッ通しで9時間、10時間寝続ける……なんてのが大正解。
“子豚”のための○○とか、介護に役立つ○○みたいなヤボ用は、
この際、やらないでおこう。

大事なのは、あなた自身をいたわること。甘やかすこと。
レスパイトはそのための時間なのだから、
介護に関係したことからは、ちゃんと離れようね。

最初の頃は、レスパイトの後で“子豚”が調子を崩して余計に手がかかったり、
こんなんなら、もうやらない方がマシと考えるかもしれない。
でも、繰り返しているうちに、あなたも子豚もレスパイトのスタッフも慣れる。馴染む。
だから大丈夫。なにしろ、ここは Break or you breakだ。

あと、完璧主義は捨ててしまおう。
どうせ完璧にできる介護なんて、ありえない。

だから、ケアラーたるもの、時には、後で悔やまないといけないようなことも
つい、してしまうし、言ってしまう。それは、どうしたって、してしまうよ。

大事なのは「時には」で止まって、そういうのを習慣化させないこと。

時に階段から突き落としてしまいたい気持ちになることと、
それが頭から離れなくなることとは違う。

燃え尽きて後者の状態にならないために、どうしたらいいかを
ケアラーの立場で一緒に考えてみようというのがこの本の主旨だから、
セックスのこととかお金のこととか、人に話せないけど大事な問題や
心の持ち方とか、自分の身体のケアとか、いろいろ書いてきたけど、

もしも階段から突き落としたい気持ちが常に頭から離れなくなってしまったら、
それは、ついに燃え尽きた症状。

そしたら、ちょっとの間、介護から離れてみることも、
状況によっては、介護を全面的に諦めることだって、選択肢なのかもしれない。

それができる方策が簡単に見つかるわけじゃないかもしれないけど、
前にも言ったように諦めずに求めて続けて。必要なことは必要なんだから。

もしかしたら、あなたの方が“子豚”の虐待を受けていることだって、ある。

どっちからどっちに向かうにせよ、
ちょっとした暴力や虐待は放っておくとゼッタイに悪化する。そういう性格のものなんだ。

ここでもコワいのは二人だけで孤立してしまうこと。
抵抗感を何とか乗り越えて、とにかく誰かに相談して。