レスパイト増を断られた重症児の母の嘆きの書き込みがネット世論うごかす(英)

英国Bristol在住の6歳の重症障害児の母親 Riven Vincentさんは、
地方自治体の社会サービスにレスパイト・サービスを増やしてほしいと要望していたが、
昨日20日に、これ以上のレスパイトは増やせないとの回答を文書で受け取った。

頭にくると同時にパニックしたVincentさんは、その日のうちに
社会サービスに電話をして、それなら入所施設を探したいと申し込みをした。

そして、インターネット上に
「ウチの娘を施設に入れてちょうだい、と社会サービスに頼みました。
レスパイトの追加はできないというんです。それなら私はやっていけません」と書きこんだ。

これが反響を呼ぶ。

特に、昨年の政権交代が実現した選挙の期間中、
Cameron現首相が選挙活動の一環で彼女の家を訪れて面談し、
障害児を害するような施策はとらないと約束していたことが判明するや、
連立政権の社会福祉削減策への反発も手伝って、ネット上での非難は過熱。

この訪問は、
選挙期間中にオンラインで障害児の親と対話をもったCameron氏が
重症障害のある我が子のオムツ代がどれだけ支給されているかを知らなかったことから、
ウチに来れば教えてあげるのに、とネットにお茶への招待を書きこんだところ、
本当にやってきた、というもの。

その時、自分が首相になったら
1日オムツ4枚の支給制限を外すよう地元のプライマリー・ケア・トラストに手紙を書くと
約束もしたらしい。実際に首相になっても4枚制限は変わっていないけれども。

オムツ代はともかく、Vincentさんは
施設に入れると介護費用は毎週2000から3000ポンドかかるのに対して
在宅でケアすればヘルパーは1時間15ポンドで済むのに、と。

娘のCelynちゃんは全介助で、
経管栄養、歩くことも話すことも座ることもできず、
腕も使えず、排泄も自立していない。移動はリフトを使用。

VincentさんがCelynちゃんの介護について語っていることを以下に抜き出すと、

(Celyneの呼吸モニターの傍で寝ているので、とぎれとぎれにしか眠れない)日々が
7年間も続いて疲れ果て、母親の方がぐったりエネルギー不足になっている。

「(施設に入れるという選択は)母親として私自身にとっても大きな痛手になります。家族のいる家に置いてやりたいです。まさか自分がここまでになるとは思っていませんでした。娘を施設に入れたくないです。そんなことになったら、私は立ち直れないと思います。でも、これ以上の支援がないとなれば、家で娘のニーズに応えるのは難しい」

施設入所の決断は単純ではなく、まだ最終的に結論を出したわけではないが、
もうそれ以外にやりようがない。

Celynのケアは「過酷」。

「誰かが24時間つきっきりにならないといけないんです。
Celynは成長しないんですから」


ネットでの非難を受け、首相の秘書官は
Vincentに手紙を書くこと、自治体に圧力をかけることを約束する一方で、
しかし、これは地方自治体の問題である、と。

また今後、障害児の親のレスパイトには既に8億ポンドの予算を約束しています、とも。

もっとも、この予算は使途の制限を付けずに地方に降りるので
必ずしもレスパイトに回るとは限らないとの指摘も。



問題は連立政権が進めている社会保障縮小からくる制度的なものだと思われるので、
この人、よく声を上げたなぁ、えらいぞ、勇気があるぞ……とも思うし、
それにネット世論がうまく反応してくれて、こうしてクローズアップされ
首相広報官のところにまで話が上がっていったことには、
同じ親として、しめしめ……という気分がないわけではないけど、

でも、なぁ……と、どうしても今ひとつ全面的にこの話にノリ切れないのは、

① 「これをしてくれないなら、こうしてやる」という、一種の脅しに聞こえること。
② これは個別ケースの問題なのか、という疑問を感じてしまうこと。

以上2つの点で、
「私が死にたい時にスイスに付き添ってもウチの旦那を罪に問わないと
法を明確化して保障してくれないなら、まだ行きたくはないけど、
私は自分だけで行ける早いうちにスイスに行って死んでやる」と
言い続けたDebbie Purdyさんのヤリクチに通じるものを
そこはかとなく感じてしまうから。

あくまでも個別ケースの問題として考えるならば、
仮に英国の法律が明確化されない場合に、スイスに行って死ぬ計画を早めるなら、
それこそ自己決定であり誰の責任でもないだろうに、

「まだ死ななくてもいいし、死ぬ予定もなかった時期に
あたしが早々とスイスに行って死ぬことを決めたら、
それは夫の不起訴を約束しなかったあなたたちの責任だからね」とばかりに
英国政府の責任だと当てつけて、それを駆け引きに使うのは筋違いだろう。

Vincentさんの「レスパイト増やしてくれないだったら、施設に入れます」というのも
通知を受け取った日の内に社会サービスに電話をかけて、そう言い、ネットにもそう書きこんだもので、
決して親として熟考してのこととは思えないし、
そこまでさせる行政をそういう形で責めて動かそうとしているだけのような……。

で、そんなふうに罪悪感によって相手を操作しようとする戦術が入ってくるのは、
私はPurdyさんにしろVincentさんにしろ、個人的な問題と捉えているからなんだろうという気がする。

そして、Vincentさん自身だけでなくネット世論も、首相広報官までもが、
この一件をVincentさん一家の個別の問題としてしか扱っていない、
というところにも違和感がある。

インターネットで騒ぎになっているからといって、
首相の広報官がVincentさんの地元の社会サービスに圧力をかける、などと言いだすのは
まったく筋の通らない、おかしな話だし、

仮に、それで追加のレスパイトが認められたとしたら、
Vincentさんは納得して、ネットで非難している皆さんも「めでたし、めでたし」で
この件は落着するのか。そういう問題なのか。

じゃぁ、Vincentさんと全く同じ境遇に置かれている多くの重症児の親はどうなるの――?

みんな、それぞれにインターネットで窮状を訴え、世論を動かさなければならないの?
それぞれに首相に直接訴えていけ、というの?

最近めっきり少なくなったけど、
日本のメディアが障害児を美談に祭り上げる時にも、いつも同じ疑問を感じてきた。

○○ちゃんがテレビで天使のようだとクローズアップされ、世間の話題になり、
そうするとボランティアをやりたい人たちが、どわっと世間から沸いて出る。
でも、その大半は○○ちゃんのボランティアをやりたい人たちで、
○○ちゃんちの近所に同じような障害のある子どもがいたとしても、
その子になんか興味があるわけじゃないのね。

なんか、そういうズレ方みたいなものが
この一件にも、そこはかとなく漂っているような……。

それから、もう一つ。

この展開、
Vincentさんの家庭の事情とか、現首相との因縁とか、
ネットで書き込みのトーンとか表現とか、
書きこんだネット上のサイトの性格とか、
その日その時のそのサイトの空気とか、
そういう、何か、ちょっとしたことが違っていたら、

案外、誰か一人が
「もう自分で面倒見れないっていうんだったら、勝手に入所させろよ」と言い放ち、
そうすると今とは全く逆の、そっちの方向に周りの反応がわっと振れてしまった可能性だって
今の英国社会の空気にはあるんじゃないのかなぁ……。

なんとなく日本の“タイガー・マスク運動”を連想してしまった……。

          ――――――

日本の重症児の親たちの多くが十分な支援がないまま
Vincentさんのように「もう自分にはやっていけない」というところに
(もしかしたら、それ以上に)追い詰められていることを
追記しておきたいと思います。

報道を読んでいると、不足ばかりが言われているような印象を受けますが、
専門家ならぬ私には詳細までは分からないものの、たぶん英米の支援のベースラインは
日本よりもかなり高いのではないかと私は常々感じています。

たとえば、07年の英国のKatie Thorp事件の際に
当時15歳のKatieがどれほどの支援を受けていたか、
こちらのエントリーから抜き出してみると、

・知的障害児の学校からの帰りはタクシーを利用。
・週に1度は「ティーンズ・クラブ」に通い、定期的にお出かけにも連れて行ってもらう。
・時々家族のレスパイトのためにKatieを預かってもらう。


特に英国の介護者支援は法制化されており、
それらについてのエントリーはこちらとかこちらのシリーズにまとめています。