「植物状態にもなれない」から生還した医師の症例は報告されるか?



 食道がんの名医である加藤抱一氏(1944年生まれ、環境省・公害健康被害補償不服審査会会長、外科医)が、2010年10月25日発行の『日本臨床外 科学会雑誌』(第71巻10号)の編集後記に以下の文章を掲載されています。「植物状態にもなれないだろう」と診断された状態から生還されたご自身の貴重な体験談です。「日本救急医学会雑誌」への症例報告が待たれます。

として、「不人気」と題した、以下の編集後記が紹介されている。

                     不 人 気
                                            加 藤 抱 一

 最近の新聞記事に、「獣医師確保,悩む自治体」との見出しで、「口蹄疫鳥インフルエンザなどに対応する公務員獣医師の確保に自治体が苦心している」と 書かれていた。獣医師は10年で20%増加し、待遇の良いペットの医師は増加しているのに公務員獣医師は1998年から4%減。報酬など待遇面で不利な公 務員は不人気という。翌日の紙上には、「医学部の地域枠16大学定員割れ」と、われわれ人間の医者についても「不人気」の記事が載った。若い人あるいは医 師の卵にとって、待遇の良くない地域医療を担うことは不人気ということである。必要なものが、本当に必要とされている所に行き届かない日本の社会を反映しているといえよう。

 今日の医学雑誌では「症例報告」が不人気である。世界的にも症例報告を掲載する医学誌は極端に少なくなっている。そのような状況にも関わらず、本誌の掲 載論文は各号、概ね原著2、3編、症例報告40~50編で、症例報告に偏重した構成を維持している。邦文誌に原著論文の投稿が少ないのも最近の一般的な傾 向ではあるが、本誌には症例報告の投稿が多く、われわれもそれを歓迎している。今日、臨床や研究の場で活躍中のシニア外科医の多くが、学術論文執筆の手始めに症例報告を投稿した経験があり、論文を執筆すること自体が医師としての勉強の機会であったはずである。また、症例報告は貴重な経験を医学界に周知させる手段であり、後世に残る貴重なデータベースでもある。われわれはそのような症例報告の価値を十分認識している。

 不人気とは逆に、最近毎日のように紙上で目にするものに、改正臓器移植法によって脳死の判定を受けた人の臓器移植が家族の承諾だけで行われた記事があ る。その記事を目にするたびに、半年前、私自身に起こった心肺停止の経験が思い起こされる。人工呼吸と数回のAEDで心拍は再開したが、当日と翌日の2回 の脳波を含む諸検査結果をもとに、救急病院の担当医から家族に、回復の可能性は絶望的であり、植物人間にもなれないだろうと説明された。しかし、家族の希望で低体温下のICU管理が継続され、3,4日後には意識が回復に向かい、2週間でICUを退出。約1ヵ月で独歩退院して、6ヵ月後の今こうして編集後記 を書いている。私事で恐縮だが、私の蘇生に関与してくださった皆様にこの場を借りて心からの感謝の意を表したい。

 私自身はまだ意識が朦朧としていた時のことで家族から聞いた話ではあるが、救急担当医は、私の回復を「奇跡が起こった」と表現したという。この奇跡は、 私自身にとって極めて幸運な出来事であったと同時に、非常に勉強になった。私の家族や知人、蘇生に携わっていただいた救急関係者の方々にとっても貴重な経験となったに違いない。のみならず、あれが奇跡であったとすれば、当世人気の臓器移植の対象となる脳死に関連した資料として、不人気な症例報告をする意義 がある出来事であったと思う。一流の救急病院で適切に対応していただいた結果であるから、症例報告に必要な医学的資料は十分に存在しているはずである。

加藤氏が最後の数行で言外に訴えていることを、
しかと聞くべきだ、と強く思う。

海外ニュースを中心に追いかけていると、
「どへぇ?」と仰天することばかりで、まるで海の向こうでは
日本とは別世界が繰り広げられているかのように思えてもくるけれど、
そこは既にグローバル経済の世界。ちゃんと地続きで、
ブローバル・ネオリベ経済の後ろから
グローバル「科学とテクノで簡単解決バンザイ」ネオリベ文化が
しっかり追いかけてきている。日本でも。

ぜんぜん違うように思えるとしたら、その要因の1つは、たぶん
メディアにかかっているフィルターの厚みなんじゃないのかなぁ……。

もっとも、英語圏のメディアだって「報道は死んだ」と言われて久しいし、
Ashley事件を眺めてみるだけでも、全く機能しないところまで
何らか(誰か?)の意によって操作を受けているとしか思えないのだから、
それよりも厚いフィルターとなると……。

日本の臓器移植についても
広く一般に報じられていることと
専門医らの業界内で論じられていることとの間に
大きなギャップがあり、そのギャップによって、
実際に何が行われているかが移植業界の外からは分かりにくくなっているという事実は
こちらの「ドナー神話」エントリーで紹介した「脳死」・臓器移植に反対する関西市民の会の守田憲二氏から
具体的な情報と共に多くを学ばせてもらっている。

そして、そのたびに、
専門文献を緻密に読みこんできた守田氏の頭脳と努力によって
日本の臓器移植の実態が欺瞞に満ちたものだということが暴かれていて、
それらの事実検証がインターネット上に歴として存在しているというのに、
メディアは目をそむけ続けている……という現実について考え込む。

果たして、加藤氏のケースは報告されるでしょうか――。