ベルギーにおける安楽死、自殺幇助の実態調査

ベルギーの人口の6割が住むフランダースで07年に行われた
尊厳死・自殺幇助の実態調査の結果については去年9月に
以下のエントリーでもニュース記事を紹介していますが、


様々な国で自殺幇助合法化の議論が進んでいることから
この調査についての詳細な報告がカナダ医師会ジャーナルに掲載されました。

以下から全文が読めます。
詳細なデータが表に整理されています。



「考察」部分のみ、ざっと以下に。

安楽死が合法となって5年目に当たる2007年の
6月から11月までの間に、ベルギーのフランダース
安楽死、自殺幇助、患者の明確な要望なしに致死薬が使用されたケースについて
医師にアンケート調査を行ったところ、

安楽死と自殺幇助による死亡例は調査期間のフランダースでの死亡件数全体の2%だった。

208件が報告され、患者からの明示的な要望があったのは142例。

その大半は80歳未満で、在宅死のがん患者。
使用薬物はバルビツレートまたは筋弛緩剤の単剤、またはその組み合わせ。

最も多い理由として挙げられたのは、
痛みやその他の症状がひどいこと、改善の見込みがないこと、患者の希望。

患者からの明確な要望なしに致死薬が使われたケースは66件で
ほとんどは80歳以上の患者で、病院での死亡。
また大半のケースで昏睡や認知症のため患者は決定に関与していない。
医師が決断した理由としては、親族への配慮と不必要な延命。

患者からの明確な要望がない死の幇助のケースでは
その他のケースよりもターミナルな病気の治療期間が短く、
最後の一週間に治癒を目的に治療したケースが多く、
延命中止で死が早められたと思われる期間が短く、
また、オピオイドモルヒネ用の麻薬)だけが使われていたケースが多かった。

安楽死と自殺幇助は比較的若い患者の自宅死であるという結果は
これまでの研究の結果と一致している。

本人の明確な希望なしに致死薬が使われたケースの多くが
80歳以上で昏睡や認知症のある高齢者の病院での死だという結果は、
本人の明確な希望なしに致死薬が使われる危険のある「弱者」とされる患者像と重なっている。
したがって、このような患者を保護するための配慮が必要である。

しかし、これらの結果からは
安楽死と自殺幇助のケースでは死が予測し得る癌患者で、
診断から時間をかけて死を決意するケースが多いのに対して、

本人の明確な希望なしに致死薬が使われたケースでは
慢性病として推移してきたものが何らかの要因で急変して意思疎通ができなくなり、
治療の甲斐なく、予想外の終末期に至ったために
家族との間で医師が決断することになった場合が多いと思われる。

その決断には結果的に利益の衝突があった可能性もある。
そうした可能性を避けるためには、意思疎通が不能になった場合を想定して、
あらかじめ家族と本人も含めてケアプランを立てておく必要がある。

また、オピオイドなどの使い方から、
本人の明確な要望なしに致死薬が使われたケースとは、実際には
緩和ケアとして使われたもので、特に死を早めたわけではないが、
結果的に死を早めたと捉えられている可能性もある。
この点は、介護者に対する情報提供が見直されるべきである。

本人の明確な要望なしに致死薬が使われる割合はフランダースの方が
尊厳死を合法化している他の国よりも高いが、

その一方、98年には3.2%だったことからすれば、07年の1.8%とは、
ベルギーで尊厳死合法化後に減少したことを示している。

オランダでは合法化を挟んでも、0.7%から0.4%の変化なので
ベルギーのフランダースの方がオランダよりも減少幅が大きい。

尊厳死合法化によって減少したとはいえ、
本人の明確な希望なしに致死薬が用いられるケースを減らすべく、
より努力が必要である。


読んで、とりあえず思ったこと。

① 「患者本人から明確な要望がない死の幇助」という表現はおかしい、と思う。
本人からの明確な要望がないなら、それは「幇助」じゃないのでは?

② うっかりすると、見落としそうな個所ですが、
本人の明確な要望なしに医師が決断した理由が
「親族への配慮」と「不必要な延命」。

「考察」は、かなり後の方で
「結果的に利益の衝突のある決定になったかもしれない」という表現で
さらっと触れているだけで、深入りしていませんが、

「親族への配慮」と「不必要な延命」とは、
それぞれに全く無関係な2つの別々の理由なのか、
それとも、どちらかがどちらかに影響する可能性があるのか、
また「不必要」とはどういうものか、また誰が決めるのか、など、
ここには、もっとネチネチと考えてみるべきことがあるはずだという気がする。

③ その他、上に整理した以外の「結果」の個所で、

本人の明確な希望なしに致死薬が使われたケースで
医師が本人と相談することなしに決めた理由として
「本人の最善の利益だから」というものが17%もあることが目を引いた。

また、家族と相談した割合は安楽死・自殺幇助のケースと変らないが
介護者と相談したという割合は低くなっている。

ここのところからも、
誰がどういう基準で決めるか分からない「不必要な延命」と
「利益の衝突」をはらんだ「親族への配慮」というのが匂い立ってくる感じ。

④私はベルギーの法律の内容を知らないので、モヤモヤしているだけなのだけど、
この調査が安楽死を合法化した法律の下での安楽死・自殺幇助の実態調査であり、
その法律がOregonやWashingtonの尊厳死法のように「死の自己決定権」に基づいているのだとしたら、

本人の明確な要望がなくて医師が決定する致死薬の使用がなぜ assisted deathとして合法なのか、
いまいち、そこのところの理屈がわかりません。

「さらに減らすように努力が必要」と結論付ける以前の問題として、
それは当該法律の元では違法とされるべき行為ではないのか、と不思議なのですが、
別の法律やガイドライン等によって免罪されているということなのでしょうか。

緩和ケアとして使われたモルヒネ様の薬に死を早めた可能性があるというのは
分からないことはないのだけど、全てがそういうケースではないとしたら、
ここで言う「本人の明確な要望なしに致死薬が使われたケース」の中には
「殺人」も含まれている可能性があるということなのでは?