妻の自殺幇助で逮捕されたITコンサル男性が「英国にもDignitasを」

去年10月に寝たきりの妻Margaretさん(62)のヘリウム自殺を幇助したとして
逮捕され、現在保釈中のMichael Bateman氏は

一定の状況下での自殺幇助は「道徳的に正しい( morally correct )」として
法改正だけでなく英国にもDignitasのようなクリニックが必要だ、と主張。

夫妻は結婚して40年。
元気な頃のMargaretさんはケアホームのアシスタントとして働いていた。

妻は病気(医師による診断名は出ていない)になってからは何年も苦しんでいた、
自分はフルタイムの介護のために自営のITコンサルタントの仕事を辞めたが
それによって家族は耐え難い状況に置かれた、
妻は餓死しようと試みたことがあるが、
そんなことをしたら病院で強制栄養になると脅された、
夫婦でDignitasへ行くことも検討したが、
事情があってかなわなかった、と夫。

「私がMargaretのためにしたことは道徳的に正しい( right and correct)。
もしも社会が私を投獄することを選ぶのであれば、
社会には自殺幇助の問題を検討しなおす必要がある」

「Dignitasは多くの人のニーズに応えている。
そういう施設がいたるところにあるべきなのだ。

私がしたことは理論上、妻をスイスへ連れて行くことと違わない。
スイスへ行ったことで罪に問われた人は誰もいないはずだ」とも。

Bateman氏を起訴するかどうかの判断は、まだ出ていない。



Purdy判決を受けて公訴局長(DPP)が9月に出した法解釈のガイドラインの内容については
こちらのエントリーにまとめてありますが、
それによると、この人は訴追されない可能性が大きいのではないか、と懸念されます。

ただしDPPのガイドラインは現在コンサルテーション中の、あくまでも暫定案。

また、ここしばらく、
それなりの立場の人たちからガイドラインへの批判が相次いでもおり、
そのあたりが、この事件に、どのように影響するのか……。
(詳細は文末にリンク)


Margaretさんの病気や症状がはっきりしないことが気になります。
その点から、私の頭に浮かんだ疑問は以下の3つで、

1つは、
慢性疲労症候群で寝たきりだった娘を殺した母親が殺人未遂で起訴されたものの、
メディアのトーンが「慈悲殺」に傾いていたGilderdale事件

次に、
DPPのガイドラインは、上記リンクで指摘したように
ターミナルな人の他にも「不治の重い身体障害のある人」と「重い進行性の身体障害のある人」を
近親者による自殺幇助が許容される自殺希望者の状態として挙げていますが、

診断されていない病気で寝たきりの人について
「不治」であるとも「進行性」であるとも判断することはできないはずだろう、ということ。

それから、最後に、
これは案外に盲点となりがちだけど重要だと思うのですが、
日本の介護関係者の間で最近よく指摘されている問題として、

要介護状態になった妻の介護を夫が担うと、入れ込みすぎたり過剰に支配的になりがちで
介護される方もする方も両方が疲労困憊し、抜き差しならないところに追い詰められてしまう
ケースが目立っているらしいこと。

そういう妻に「重い進行性の身体障害」があって「死んでしまいたい」と希望した場合に、
それが本当は「夫の支配的な介護から逃げるために死にたい」であったとしても
このガイドラインでは「判断能力のある、適応条件にかなった状態の人」と判断されて
夫が手伝って自殺させても(その場合は究極の支配かも)許容されてしまうことになるのですが、

もしかしたらケアマネのような立場の人や保健師などが介入して介護サービスを投入し
もうちょっと風通しのよい介護に変えていくことができたら
「家族には耐えがたい状況」を解消することも可能かもしれないし、
そこから妻が生きる希望を見出す可能性だってあるのでは……?

もちろん、夫が介護するケースに限った話ではないのですが、
当事者・介護者をそれぞれ支える仕組みを考え直す必要が取りこぼされたまま、
自殺幇助合法化や「死の自己決定権」が議論されることには、
こういう落とし穴が他にもいっぱいあるような気がする……。


ただ、以下のエントリーに一部書いているように、資料を調べる限りでは
介護者のニーズをアセスメントする制度があったり、
介護者支援に特化した施策と予算が組まれていたり、
英国は介護者支援制度では世界の最先端のようにも思えるのですが……。