なぜ「自立支援法」の議論に「市民権」が出てきたのだろう?

21日の朝日新聞で読んだ時にも、ちょっと気にはなったのだけど、

このところPeter Singerの
知的障害者には尊厳も人権を認める必要はないと聞こえるプレゼンを巡って、
「権利」ということについて考えさせられていて、

昨日のエントリーを書く際には
”知的能力”と自分の勝手な思い込みだけで生き物を階層化するHughesの未来型「市民権」を
おぞましく振り返ってみたりもしていたものだから、

昨日から、改めてものすごく気になってきた。

12月21日の朝日新聞の「耕論」が
障害者自立支援法の見直し議論を取り上げていて、

東大教授の障害当事者、福祉智氏が
今回の厚労省社会保障審議会障害者部会の報告書を不十分だと批判し、

石井めぐみ氏が重症児の現実の生活を見据えて「応益負担」を見直せと訴え、

06年まで障害者部会長を務めた国立社会保障・人口問題研究所長の京極高宣氏が
「国民的理解を得るためには応益負担はやむをえない」と主張しているのですが、

京極氏の発言の中に以下のような下りがあります。

障害者も同じ市民と考えるべきで、市民権が剥奪されている場合には合理的配慮が必要だが、市民権以上のものを置くのは反対だ。介護保険後期高齢者医療制度も1割負担だ。そうでないと国民的理解は得られず行き詰まる。

この部分、ものすごくイヤ~な気配が漂っていないでしょうか。

まず「市民権」という言葉にはとりあえず引っかからないでおくとしても、
「市民権以上のものを置くのは反対」との発言が
「だから介護や高齢者医療の保険制度と同じく応益で負担して当然だ」という話に
ダイレクトに繋がっているのは、ヘンでは?

介護保険後期高齢者医療制度はいずれも保険制度であって福祉とは別の仕組みなのだから、

この京極氏の発言では、
保険制度には同じ市民として入れてやるが、
それ以上の障害者福祉は「市民権以上のもの」だから認めないという
ことにもなりかねないのでは?

(ちなみに高齢者においては、介護保険ができたことによって
自治体の意識が低下し高齢者福祉が細ってきた……という指摘も。)

そして、もっと気になって仕方がないのが「市民権」の突然の登場──。

「人権」でも「権利」でもなく
なぜ、ここにきて突然に「市民権」なのか──。

「障害者も同じ市民と考えるべきで」の部分に異議を唱える人は少ないかもしれないけど、
でも、これまでなら「同じ国民」ではなかったっけ?

なぜ、ここへきて「同じ国民」ではなく突然「同じ市民」になるのか?

その「同じ市民」は
後半の「市民権以上のものを置くな」の正当化として持ち出されているだけでなく、
一体何を意味するのか、ちっとも明確ではない「市民権」の話が
巧妙に「制度維持性」の話へと摩り替えられている。

実は京極氏の頭にあるのは
「制度維持に必要な国民の理解が得られない」→「そう何もかも支援など出来ない」と
実は発言とは逆の順番の発想なのでは?

「そう何もかも支援できるか」というセリフをもっともらしくするための都合のよい文言が
「市民権」だったとしたら?

例えば福島氏は自立の定義として、
憲法25条の「健康で文化的な最低限度の生活」とは
国民として無条件に最低限の生存が保障されるということだと述べているのですが、
福島氏のいう「国民として最低限の生存が保障される」権利は
きっと京極氏の「市民権」とは別物なのだろうな……と思わせるものが
ここにはないでしょうか。

そして別物なのだとしたら、
障害者当事者やアドボケイトが言う「国民の権利」や「人権」よりも
幅の狭いものが「市民権」では意図されているとしか思えない。

そもそも、日本で「市民権」が云々されるのをあまり聞いたことがない気がするのですが、
いったい京極氏の「市民権」って何なのだろう。

まさか、
ヘルパーが使えず重度障害者が選挙に行けないのは由々しき「市民権の剥奪」だけど、
その同じ人がヘルパーを使えず食事が出来なかったりトイレに行けないのは
「特に市民権が剥奪されているわけではない」とか……?

京極氏の上記発言は
「平等な市民であるために、
障害者は市民権の範囲を超えて支援を求めるべきではない」といっているにも等しいのだから、
「市民権」の定義のし方、この屁理屈の振りかざし方によっては
福祉を否定する方便として、どのようにも使える、たいそう便利な「平等・公平論」。

「合理的配慮」という文言に
国連の障害者人権宣言を意識した警戒感も感じられるので、
もしかしたら、私が無知なだけで、
もっと複雑な背景があるのかもしれませんが、

なにしろ、この「市民権」、
障害者自立支援法の議論にあまりに突然に登場した珍客のような違和感があって、

とりあえず、なんかヘンだぞ、
ここには何かあるぞ、警戒しておきましょうぜい……と。