魚の煮付け定食

昔からの友人と海の見えるドライブインへ食事に行った。

「魚の煮付け定食」を頼んで、しゃべっていたら、
家族連れがやってきて友人の背後の席につくのが見えた。

向こう側の窓際にこちらを向いて娘、その隣に母親が腰掛けて
父親は手前の席に母親と向かい合って座ったので、
私の席からは女の子が正面に見えた。

ダウン症のようだった。20歳くらいか。
(ウチの子と同じくらいの歳かな?)
可憐な感じのきれいな子だった。
穏やかな雰囲気の一家だなぁ……と見るともなく、そう思ったところに
我々の食事が運ばれてきた。

味だけでなく大きさと量で評判の店らしく、
どん!と目の前の置かれたのは巨大な鯛の煮つけ。
そのサイズに度肝を抜かれたオバサン2人はキャアキャアはしゃぎつつ、
しばし食べることとしゃべることに意識を集中した。

昔から早食いの私が先に食べ終わって、お茶を飲みながら、ふと見ると
友人の背後の席の親子はてんでに巨大などんぶりから麺をすすっていた。
寒い外から入ってきて、熱い麺をすすったからだろう、
女の子の鼻から口にかけて立派な青っ洟が2本……。

極太の鼻水2本をてらてらさせながら一心に麺をすする姿は
顔立ちが整っているだけに、そのアンバランスが微笑ましかった。

が、正直なところ、食事を終えたばかりの私は
「わ……」とひるむところもあって、そっと目をそらせた。

自分で鼻をすするとか拭くとかできないのかな、
親もきっと慣れっこで、気がつかないのかもしれないな……と思うと、
ウチの娘は鼻水どころか、よだれも食べ物も口からこぼしたい放題なのだから、
娘を連れて外で食事をする時にはタオルもティッシュも大量に用意して行き
周囲に不快な思いをさせないように気を配っているつもりだけれど、
親はやはり見慣れている分だけ鈍いのだし、
それだけ余計に気をつけないとなぁ……と自戒もする。

そんなことを考えつつ
女の子の鼻水からそらした目をテーブルに戻すと、

げっ……。

友人は鯛の目玉の中に箸を突っ込んで、
嬉しそうな手つきで、ぐしゃぐしゃと掻き回していた。

「ふっふ。これが旨いのよね……」

思わず目が釘付けになってしまう。

ぐじゃぐじゃのゼリー壷みたいになった穴から
友人の箸がゼリーまみれの白い目玉を掬い上げると

穴から友人が手にした茶碗の上へ
さらに、ご飯の上から友人の口へと
ねばぁぁぁぁ~と見るからに強靭そうな糸が、
まるで電柱を渡る電線状に繋がって、
繋がったままキラキラと――。

うぇ、口から顎へも、さらに垂れて――。

ぐえぇぇぇぇぇぇぇっ!

アンタは妖怪か!
お願いだから、切れよっ。その糸っ!
いっそ皿を口元に持っていって、すすれよっ!

頭の中には一瞬で罵声があれこれ渦巻くのだけれど、
ものを言うと言葉以外のものが出そうな気もして、
やむなく黙って目をつぶった。

アンタは子どもの頃から他者に対する想像力というものを欠いてたよ。
自分が楽しいことをする。周りにそれがどう見えようが迷惑かけようが。
アンタは昔から、そういうヤツだったよ――。

心の中で目の前の友人に思い切り毒づいてやった。
そしたら、なんだか急にゲラゲラ笑いたい気分になった。

いいよ。
もう。

みんな。
そのままで――。


友人は鯛を裏返し、今まさに2つ目の目玉に取り掛かろうとしている。
私は窓の外に目をやった。

「あっは。いい天気。今日の海、きれいじゃん?」