「精神保健医療」

米国科学財団と商務省のNBICレポート

Overviewの「精神保健医療」の項目では、

まず冒頭で
「多くの点で、人間の能力の改善において我々が直面する最も難しい課題は
おそらく精神病の理解と治療であろう」と述べ、

過去200年間の精神医学が楽観と悲観を繰り返しつつ
はかばかしい成果を挙げていない現状をかんがみて、
NBICの統合によって遂に長期の治癒が可能になるのでは、と書かれています。

しかし、
ナノテクによって薬を脳の特定の部位に届けることが出来るので
他の神経系への副作用が防げる、というのが唯一の具体例で、

その他には
NBICの統合によって医学理論の厳密な考証が可能となって治療が厳選されるとか
認知や情緒の機能不全を補う人造装置や支援装置が可能になるといった
つかみどころのない話で

むしろ、精神保健医療をNBIC統合のターゲット分野に含められることそのものが
なんだか底恐ろしいような……。

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ここまでExecutive Summary と Overviewを読んで最も強く感じるのは
「修正する」「強化する」「代用する」という発想しか、ここには存在しない、
「支える」という視点が存在しない、ということ。

それから、NBICの統合によって現実に可能になることがあるとしても
だから「不老不死が実現する」とか
「脳の働きが完全に解明できる」とか
「人間の体と心が思いのままにコントロールできる」ようになる
ということでは決してないはずなのだけれど、

わずかにできるようになるかもしれないことを並べて
あたかもそれが何でも思い通りに出来ることの証左であるかのように言いなして、
起こりもしない万能の未来世界に早々と視点を据え、そこから振り返るようにして
現在の価値観が先走って変容されていくことの危うさ。

例えば、こうした研究の可能性が先走って喧伝されることによって
成果を早く出すことばかりが重視されて
その研究過程でのリスクを検証しながら、
被験者の安全を最大限に保障する慎重さがなおざりにされるとか、

(テクノロジーで完全に代用されるなら将来的には「障害」ではなくなるので、
 その将来の”利益”によって、当該の障害がある人の現在のリスクは相殺されてしまうかのように?
または将来「障害」でなくなるのだから「支援」がもはや重要ではないかのように?)

または不老不死がすぐにも実現されるかのように言いなされることによって、
老いて病んだり不自由になった人たちの医療やケアについて丁寧に考えていくといった
地味で威勢が良くもないけれど大切な仕事が
たいして大事ではない仕事のように感じられるようになったり、

不老不死の研究にお金をつぎ込むことばかりが重視されて、
高齢者や障害者、「どうせ治らない」病人を日々支えるために使われるお金は
ただの無駄のように思われるようになる……ということが
現実にもう起こり始めているのではないんだろうか。