最相葉月の「いのち」から考えるFost

(このエントリーは前回の続きになっています。)

最相葉月の「いのち 生命倫理に言葉があるか」には
98年11月5日の国際生命倫理サミットでJulian Savulescuが物議を醸した翌6日、
世界で初めてヒトの受精卵からES細胞を取り出し増殖に成功したとの
大ニュースが飛び込んできた衝撃が書かれています。(P.93)

成功させたのは周知のようにウィスコンシン大学のThomson教授チーム。
その後10年間に渡って世界中に倫理論争を巻き起こしたヒトES細胞研究のスタートでした。

去年、京都大学の山中教授チームがiPS細胞を作って
万能細胞はヒト胚を破壊しなくても作れることを証明し
倫理上の論争は一応の収束を見ましたが、

その直後に同様の万能細胞を作ったと発表したのも、
現在、山中教授チームをものすごい勢いで追いかけている、
もしかしたら既に追い越しているかもしれないといわれるのも
やはりウィスコンシン大学のThomson教授チーム。

日本ではNorman Fostの名前はほとんど知られていないようですが、
実はウィスコンシン大学の小児科医であると同時に生命倫理学者であるFostは
これらのニュースに大きなかかわりを持っています。

サルのES細胞を取り出すことに成功した段階で、
ヒト胚で試みることの倫理性に疑問を抱いていたThomsonは
直接Fostに相談を持ちかけ、ヒト胚からES細胞を作ることについて
世論の受け止め方などを2人で検討したというのです。
Thomson自身がこのエピソードを去年NY Timesのインタビューで語っています。

世界で初めてヒト胚から研究目的でES細胞を作るという行為の背中を押した倫理学者は、
ほかならぬNorman Fostだったのです。

Fost は数々の生命倫理関連の賞を受賞しており、
現在はFDAの小児科研究倫理検討委員会委員長でもあります。

今年のシアトル子ども病院生命倫理カンファのサイトのプロフィールから
遺伝子診断に関連した役職を拾ってみても、

・ 米国科学アカデミーのメンバーとして報告書「遺伝スクリーニング(1975)」、「遺伝リスク評価(94)」に関与。
・ 技術評価局の嚢胞性線維症(CF)のスクリーニング委員会・委員長(91)
・ 米国ヒト遺伝学会保険問題委員会・副委員長(92)
・ 同学会・CF患者スクリーニング委員会メンバー(92)
・ NIHのCFへテロ接合体スクリーニング研究班メンバー(92)
・ Marshfield個別医療研究プロジェクトの倫理・安全advisory board 委員長(現在)
ウィスコンシン発症前CF治療・新生児スクリーニング研究に参加(不明)

去年のシアトル子ども病院生命倫理カンファレンスにおいて
「障害新生児? 治療を停止して何が悪い?
 無脳症児なんて、QOLの価値すら理解できないじゃないか」
と冷笑を浮かべて言い放ったFost――。

彼の数々の発言には、会場から批判的な受け止めも感じられたものの、
批判的な意見を提示する人があくまで低姿勢だったのは
やはりFostがそれだけ小児科の医療倫理の分野において
権力者だからではないでしょうか。

Norman Fostが94年には
Clinton大統領のHealth Care Task Forceにも参加していたことを考えると
宗教右派への配慮で保守的になっているBush政権の下で冷や飯を食っているだけなのかもしれず、

(あまりに言うことが極端なので
 ついていけない人が多いためなら、それが何よりなのですが。)

いずれにせよ、ウィスコンシン大学にNorman Fostあり。
日本でももう少し注目しておいた方がよいかも……?


関連エントリー
Norman Fostについては非常に多くのエントリーがあるので
途中で一度まとめています

Norman Fostという人物のエントリーから辿ってください。

それ以降に書いた Fost 関連エントリー