宅配ドライバーさんと「ルポ貧困大国アメリカ」

先週のある日のこと。

堤未果氏の「ルポ貧困大国アメリカ」を読んでいる時に玄関のブザーが鳴ったので、
出てみると某社の宅配便。

「あ、どうも」と荷物を受け取ろうとすると、
すかさず「トイレット・ペーパーいらない?」

このオジサンはきびきびして気持ちがいい人なのだけれど、
唯一の難点がこれ。

荷物を手渡しし終えるかどうかというタイミングで
「味噌、いらない?」
「美味しい水あるけど、買わない?」

「いらない」と言えば「あ、そう」と引き下がってくれるから大して気にはならないのだけれど、
その日はなんだか未練がましく値段や個数を並べて粘った。

「でも歩いて2分で行ける生協でセールの時買うと120円も安いよ」と言うと
「そりゃ、そうだよね」と、今度はすんなり折れて
その代わりみたいにオジサンがボヤくところによると、

つい先日までは売る努力さえしていれば、
売れようと売れまいとそれでカンベンしてもらえたのだけど、
今度から一定数を売らなければならないことになって
ノルマをさばけなければ罰金を食らう──。

わし、宅配便のドライバーなのに、なんで、こんな目に?
……とばかりに頭を転がしつつ車に戻るオジサンの後姿は苦渋に満ちていた。

ドライバーさんの仕事は宅配なのに、
なんでモノまで売らなけりゃならないんだよ、
しかも罰金ったって、そんなの無茶だよね……と
つぶやきながら階段を戻りかけて
「あ、これなんだ。同じなんだよ」と。

「ルポ貧困大国アメリカ」に書かれていることと
今のドライバーさんの話はまったく同じなんだ、繋がっているんだ、と思ったわけです。

例えばハリケーンカトリーナの際に全く機能せず
自然災害に人災を加えたと非難を浴びたFEMA連邦緊急事態管理庁)について
この本の中でFEMAの元職員は言います。

FEMAは実質的に民営化されたも同然でした。他の多くの業界同様、アメリカ人が最も弱い「自由競争」という言葉と共にです。私たちは市場に放り出され、競争が始まりました。主要任務はいかに災害の被害を縮小し多くの人命を救うかということから、いかに災害対策業務をライバル業者よりも安く行うことができるかを証明するということに代わったのです。(P.43)

郵便局も病院も学校も介護の現場も、
「いかにライバルよりも安くあげられるか」、
「いかに目に見える結果だけを短期間に出せるか」を証明することに血道をあげ、
すぐに目には見えないけれども本当は何よりも大切な本来の仕事と
じっくり取り組む余裕をなくしていく日本だって同じことで、

この本に描かれていることは
簡単に言えば9ページの以下の数行に尽きると思う。

……国境、人種、宗教、性別、年齢などあらゆるカテゴリーを越えて世界を二極化している格差構造と、それをむしろ糧として回り続けるマーケットの存在、私たちが今まで持っていた、国家単位の世界観を根底からひっくり返さなければ、いつのまにか一方的に呑み込まれていきかねない程の恐ろしい暴走型市場原理システムだ。
 そこでは「弱者」が食いものにされ、人間らしく生きるための生存権を奪われた挙句、使い捨てにされていく。

これ、
宅配のドライバーさんがノルマを課せられて水や紙を売らされて、
宅配はちゃんと配達していてもモノ売れなきゃ給料から罰金を徴収。
それがイヤなら辞めても結構、代わりならいくらでもおるわい……と
無言のうちに脅されるのと同じことで、

実はこれと同じ話が形を変えて誰の周りにも
いっぱい進行しているんじゃないだろうか。

ただ、この本に書かれていることで、
少なくとも日本ではまだ起こっていないと思う(これからもそう願いたい)アメリカの悲惨は、
それ以外に生きる道が見出せないほどの隘路に貧困層を追いつめておいて
詐欺同然の口車で軍にリクルートしては真っ先にイラクの前線に送り込む恐ろしいカラクリ。

貧困が徴兵装置として機能する格差社会
不法移民も貧困層も兵士として使い捨てにする分にはまだしも使い道があるといわんばかりに。

しかも戦争まで民営化されて
民間の会社が“社員”を雇って“派遣”するのだから
国には責任は全くないし
給料だって条件だって無法地帯みたいなもので、
どんなに非人間的な条件であろうと不満があれば辞めればいい、
それ以外に生きていけないからやるという代わりの人間はいくらでもいる、と。
まさに「使い捨て」。

ところで、
この本に描かれた「暴走型市場原理システム」を科学とテクノロジーへと当てはめてみると、
それって正にトランスヒューマニズム生命倫理が描く図になるのでは……?

そういえばNorman Fostは言っていましたね。
薬の人体実験などでリスクを犯して被験者になってくれる人には
リスクに見合うだけの報酬を払えばいいのだと。

無保険だから医療が受けられない貧困層
いかにも実験に協力すれば治療してもらえるような舌先三寸でたぶらかして
すずめの涙の報酬で人体実験の資材としてリクルート……なんて、
本当は既に起きているのかも?

この本が描いて見せている
格差社会貧困層を兵士として使い捨てている図は
そのまま科学とテクノロジーの世界でも起こっている、
またはこれから起ころうとしている図……ということでしょう。

本当にいいのか。
歯止めはもうかけられないのか。

と、いつも同じ、ごまめの歯軋り。