不妊手術に関する小児科学会指針

Diekema医師がCalvin大のTVインタビューにおいて、
「子宮摘出については米国小児科学会の指針などがあるので、
 Ashleyの子宮摘出について倫理委は検討しやすかった」と述べたことについて、

WPASの調査報告書を読み返していたら、
ちょうど該当する脚注が目に付きました(P.13)。

報告書の流れとしては
「倫理委は決定を下すのではなくrecommendationを行うだけ。
 不妊手術については医学的には倫理問題はないと考えるものの、
法律的に許されるかどうかを決定する権限は倫理委にはないので
両親の方で弁護士を雇って裁判所の判断を仰ぐようにアドバイスした」
といったことを書いた箇所。
脚注53です。

それによると、
米国小児科学会の未成年の不妊手術に関する指針とは

When the involved parties believe surgical sterilization to be the best option, application to the courts may provide the only lawful means to accomplish that goal. Physicians and surgeons should be familiar with the law that applies to the jurisdictions where they practice.

American Academy of Pediatrics, Committee on Bioethics, Policy Statement, Sterilization of Minors With Developmental Disabilities, 104 Pediatrics 337, P.13(Aug. 1999), reaffirmed Oct. 2006, 119 Pediatrics 405 (Feb. 2007)

外科的不妊術が最良の選択肢であると関係者が考える場合には、その目的を達成する唯一の合法的手段は裁判所に申し立てることとなろう。医師と外科医は自らが医業を行う地域の法律に通じていなければならない。

この文面からすると
裁判所の合意を取り付ける責任は医師にあるように読めるのですが、
彼らは実際にはAshleyの両親の責任であるかのような行動をとったわけで、
その辺が法律的にどうなのかはよく分からず、
誰かに聞いてみたいところです。

しかし、いずれにしても、
実際の手術の前に裁判所の判断を確認する責任は医師らにあったということでしょう。

だからこそ、病院は去年5月に記者会見を開いて
子宮摘出についての手続きの違法性を認めざるをえなかったわけですが、

今となっては時間が経ったからといって
その違法性についてホッカムリを決め込んで
「子宮摘出については小児科学会の指針があったので
倫理委としては検討しやすかった」などと……。

その指針が上記のようなものだということを念頭に考えると、

よくもまぁ言えたものだと……。

                 ――――――

ちなみに、同じくWPASの報告書に添付された
ワシントン大学インフォームド・コンセント・マニュアル(Exhibit E)から
この小児科学会の指針に匹敵する部分を抜き出すと、

Limitations on the Authority of Surrogate Decision Makers 
Washington law limits the authority of legally authorized surrogates to consent to certain types of health care or procedures.

1. Sterilization of Mentally Incompetent Person. Legally authorized surrogates may not consent to the sterilization of a mentally incompetent person. Only the patient may provide informed consent for a medical procedures that would result in sterilization. If the patient cannot give informed consent, then a court order authorization must be obtained.

代理決定権者の権限の制限
ワシントン州の法律は特定のタイプの医療と処置については法律上の代理決定権者の権限を限定している。

1. 精神的に同意能力を欠いている人の不妊手術。法律的に代理決定の権限を与えられた人であっても精神的に同意能力を欠いている人の不妊手術に同意することはできない。結果的に不妊手術になるような医療処置に対してインフォームドコンセントを与えることができるのは患者のみである。患者がインフォームド・コンセントを与えられない場合には裁判所の命令による許可を得なければならない。

意図はどうあれ結果的に不妊手術になるものは不可なのだから、
両親の弁護士が主張した「不妊が目的ではないから裁判所に行かなくてOK」という理屈は
成り立たないことになります。

この後には精神科の外科医療と抑制が続いて挙げられているのですが、
その後に付記された部分は非常に重要だと私には思われます。

Specific court authorization is required under Washington law for these procedures. The intent of this limitation is to require court approval before a guardian or other legally authorized surrogate may consent to highly intrusive, irreversible medical treatment that may seriously affect the person’s bodily integrity.

ワシントン州の法律ではこれらの処置には明確な裁判所の許可が必要とされる。この制約の意図は、その人の体の全体性(尊厳)に深刻な影響を及ぼしかねない、極めて侵襲度が高く不可逆的な治療に擁護責任者その他の法律上代理決定権を有する者が同意を与える以前に裁判所の同意が必要であるとの意である。

この付記の部分を真面目に捉えれば、
子宮摘出のみならず、
乳房芽の切除も考え方によってはホルモンによる成長抑制も
「体の全体性に影響を及ぼす
 極めて侵襲度が高く不可逆的な治療」に当たるのではないでしょうか。

Ashleyに行われた一連の処置の責任者であったGunther医師は
ワシントン大学の職員でした。
このインフォームド・コンセント・マニュアルを励行する義務があったはずなのです。

身近なマニュアルがこれほど繰り返している警告を無視して
米国小児科学会の方針に従って検討したなどと、
よくもまぁ言えたものだと……。