Peter Singer「効果的利他主義のすすめ」:5000ドルの途上国支援すれば腎臓1個提供するに相当

8月2日のエントリーをアップした際に
effective altruism (効果的利他主義)という用語が気になったので、
検索してみたところ、

ピーター・シンガーがこの effective altruism を唱えていると知り、

同時に今年3月にシンガーがeffective altruismについて講演した際の
以下のビデオ(17分19秒)にヒットしたので、ざっと聞いてみた。

Peter Singer: The why and how of effective altruism
TED(Technology, Entertainment, Design), May 2013


英語の聞き取りにはあまり自信がないので
固有名詞などの詳細は除き、また
細部に聞き間違いもあるかもしれませんが、
だいたいこんな内容みたい……という、
なんとも驚きの概要を以下に。


(シンガーは最初に、
中国でバンにひかれた2歳の女の子が倒れているそばを
何人もの大人が見て見ぬふりで通り過ぎて行った映像を見せる。

そして「自分だったら助けると思う人?」 
見たところ、聴衆全員が手を挙げる)


それが良心というものだ。
しかし、そう思っていながら、我々は
途上国で予防可能な病気で死んでいく多数の子どもたちのためには
何もせず見殺しにしているではないか、
救うために何かをしようと思えばできるはずなのに。

例えば Against Malaria財団。
防虫蚊帳を配ってマラリアを防止している。
こういうところに寄付することで自分にも何かができる。

これをeffective altruismという。
しかし利他行為は効果的にやらなければ意味がない。
そのために哲学、経済学、数学が役に立つ。

世界で最も愛情深い effective altruist は、ゲイツ夫妻とバフェット氏である。
ゲイツ財団のサイトには All lives are equalと書かれている。
これこそeffective altruismの精神である。

ゲイツ財団はこれまでにすでに580万人の命を救ったという推計がある。
これからも何百万人を救うだろう。

しかしeffective altruistであるためには億万長者でなくともよい。
それぞれ身の丈に合ったカネと時間を利他主義に使うことができる。

頭のいい人たちがエリートとしてのキャリアを捨てなければならないことはない。
キャリアで成功してカネをたくさん稼げば、それだけ沢山カネを与えられるのだから。
銀行家になり、金融で成功すればいい。

倫理的に生きるとは、
自分がしてほしくないことを人にしないだけでは十分ではなく
自分が十分なだけ手に入れたら、それをシェアしなければ。
その富をわずかしか持たない人のために使うこと。

ただし効果があるチャリティを選ぶことが重要。

目の見えない人に盲導犬をあげよう。
これはもちろん良いこと。

が、盲導犬1匹を養成するのには、40000ドルかかる。
一方、20から50ドルあれば途上国で眼病の人を治すことができる。

それならば1人の米国人に盲導犬をあげることと
その金で途上国の人の眼病を治すことのどちらを選ぶべきか。
答えは明らかだ。

Effective altruismを実践するために
参考になるウェブサイトはたくさんある。

ただカネを稼いでは使い、また稼いでは使うだけなら
永遠に岩を坂の上まで運んでは、転げ落ちたのをまた抱え上げて運ぶ無為な行為に等しいが
その金で人のためになることをすれば達成感もあり、自尊感情も持てる。

(「結論として」と断って、シンガーは
右の腎臓を見知らぬ人に提供した手術後の回復中という人の誇らしげな写真を見せる)

1つの腎臓を提供すれば、チェーン移植で4人の患者が救われる。

こんな人の写真を見せられたら、私は恥ずかしい。
私はまだ腎臓を2つ持っているから。

しかし、私と同じように感じる人も大丈夫。
腎臓を1つあげて救える命の数と年数をお金に換算すれば、
5000ドルをAgainst Malaria財団に寄付するのと同じことだという話だ。

それを知ると気持ちがちょっと楽になる。
なぜなら私は既に5000ドル以上を同財団に寄付しているし、
その他の目的の慈善団体にもいろいろ寄付しているから。

だから、腎臓を2つ持っていることに罪悪感を覚える人は
気が楽になるためにはそういう方法があります。


すぐに頭に浮かんだのは
息子バフェット氏の論考にあった「良心ローンダリング」という表現。


ちなみに、息子バフェット批判の論考を書いた著者のWilliam MacAskillは
シンガーのeffective altruismの信者で、そのMacAskillが
その名もEffective Altruismというタイトルの自分のブログで
このシンガー講演に対して出てきた批判の論点を取りまとめたうえで、
「もちろん、ぜんぶ間違っている」と書いている。


彼の取りまとめによれば、それらの論点とは、

1. Charity starts at home
慈善は自分の足元から。

2. Doing some amount of good is what matters, not trying to maximize
大事なのは善行をすることであって、それを最大限にしようとすることではない。

3. It's unfair only to focus on the most cost-effective programs, when there are other causes you could focus on
他にも注目すべき大事な問題はあるのに、コスト効率がよいものだけに注目するのはフェアではない。

4. There's too much focus on the symptoms (which charitable donations do) rather than the root causes of global problems
現象にばかりとらわれすぎて(慈善の寄付とはそういうものだが)グローバルな問題の根源的な原因に目が向いていない。

5. Worries about some people (e.g. Gates) doing harm through
慈善家の中には(例えばゲイツのような)害を成している場合もあるのでは、との懸念。

6. It's impossible to compare effectiveness across charities because the outcomes are so different
アウトカムが違いすぎて、慈善それぞれの効果を比較することなど不可能。

7. You have no reason to be altruistic (and if you're doing it because it makes you feel good, then that's just another form of egoism)
利他的でなければならない理由はない(それに利他行為は自分がよい気持ちになるためにやるのだから、エゴイズムの一形態に過ぎない)。



なお、シンガーが言及している腎臓のチェーン移植については、こちらに ↓
「腎臓がほしければ、他人にあげられる腎臓と物々交換で」時代が始まろうとしている?(2010/6/30)