NEJMの前・現編集長による医学研究腐敗の指摘から、日本の「iPS臨床承認」を考えてみた

最近、気になっている本の一つがこれ。

ビッグ・ファーマ―製薬会社の真実
マーシャ・エンジェル著 栗原千絵子、斉尾武郎訳 篠原出版新社 2005

著者は、New England Journal of Medicineの前編集長。

アマゾンのこの本のページに
京都大学医学部付属病院探索医療センター検証部教授の
福島雅典氏の「翻訳刊行によせて」という文章が掲載されており、

その一部に以下の下りがある。

科学はもはやかつてのそれではない。科学はビジネスと結びつき、その水面下では熾烈な特許戦争が繰り広げられている。今や販売戦争を勝ち抜くため研究結果を権威づける手段として世界中から競って論文が投稿されるトップ・ジャーナルは、ビジネスの僕と化しつつあるのではないか? モンスターのごとく肥大化した科学を奉じる共同体は、すでに善意によって制御しうる域を超えている。哲学のない科学は狂気(凶器)である。科学を妄信しトップ・ジャーナルを崇める状況は、何か、歪んだ宗教とでもいうべき様相を呈している。


これは正に当ブログが
日々のニュースの断片を拾い集ながら、
その断片の集合体として描かれていく「大きな絵」として指摘してきた
「グローバル強欲ひとでなしネオリベ金融(慈善)資本主義」の
「科学とテクノで簡単解決」利権構図そのもの。


そして、去年、
同じくNEJMの現編集長もまた、Avandiaスキャンダルに際して、

そうしたバイアスの排除に向けて努力してきたが、
最近ではNEJMに発表された論文であっても、
製薬会社資金の治験であれば医師らが信頼しなくなりつつあり、
医学研究そのものが崩壊の危機の様相を呈してきた、と発言している。


先週この本のことを知り、読もうかなぁ、と思っていたところ、
26日の毎日新聞の本田宏氏の連載「暮らしの明日 私の社会保障論」に、
『ビッグ・ファーマ』から以下の引用があった。

エビデンス(科学的証拠)に基づく医療が普及して久しいが、そのエビデンス自体が、世界をリードする米国製薬業界のマーケティング戦略によってゆがめられている。自社の薬に会う病気を宣伝し、病気と思いこませ、医師への薬の教育に大きな影響を与え、臨床試験も実質的に支配している。そして、資金提供した臨床試験の多くは結果的にゆがめられている根拠がある。


本田氏の連載記事の趣旨は、
バルサルタンのスキャンダルを巡って、
日本の医療費亡国論が医学研究分野の資金不足を招いていること、
その状況のままアベノミクスで医療研究での産学連携が進めば、
「新薬や新技術の開発時に同様の問題が繰り返される危険性」を指摘して、
低医療費政策の転換を訴えるもの。

で、私がすごく興味深いな、と思ったのは、
この本田氏の論考が掲載された翌27日のトップニュースが「iPS臨床承認」だったこと。

関連記事が他にも盛り沢山で、
それらから目についた情報を拾うと、

安倍政権は
iPS細胞をはじめとする再生医療研究に今後10年間で計1100憶円を拠出するという。

今年4月に京大のiPS細胞研究所に新らしくできた部署に
山中教授が「医療応用推進室」とネーミングしたのも、
そうした資金を獲得しやすくするための作戦だったのだろうし、

記事では山中教授と世耕弘成内閣官房副長官の繋がりも指摘されているけれど、

そこにはもちろん
12年の260億円から30年に約1.6兆円、50年には約3.8兆円という国内市場規模予測と、
その予測に基づいて「再生医療を経済再生の目玉に」という政府の思惑がある。

つまり、このブログで何度も何度も書いてきたように、
先端医療の問題は薬やワクチンと同じく、
すでに保健医療の問題というよりも
政治経済の問題なんだということであり、

そこに本田氏の連載の内容を重ねて考えてみたら、
見えてくるのは、とても皮肉なことに、

グローバル強欲ひとでなしネオリベ経済の中で日本が生き残るためには、資金は、
国際競争に勝ち目があって国内的にもマーケット創出可能性が大きいところに重点配分……
という「政治経済」施策の方向性であって、

それ以外のところでは、
本田氏の主張の逆方向に向かうだろう、ということでは??

一方には、iPS細胞の臨床研究は「緒に就いたばかり」で
癌化や本来の細胞に戻ったりウイルス混入のリスクなど未解明な部分が多く、

研究者の間からですら、過剰な期待を抑えようとする声が上がっていて、
(でももちろん政府もメディアもマーケット創出のためには、
その「過剰な期待」をこそ煽るに決まっているのだけれど)

そんな中で「なぜこうも急ぐのか」という問いの答えとして、毎日の記事は、
「海外と日本が「一番乗り」を争ってしのぎを削る現状がある」ことを指摘し、
ある審査委員会委員の「海外でのiPS細胞を使った臨床試験の動きがあり
事務局が結論を急いだのかもしれない」との発言を紹介する。

臨床応用で最も有望とされている
(毎日の記事には、あとは「ホープレス」だと言った研究者の発言も)
加齢黄斑変性の研究プロジェクト・リーダーですら微妙な発言をしている。

「世界初」でないと、今受けている支援が全部なくなるのではないかという危機感はある。米国でも二つの臨床試験計画が動いており、常に意識している。米国は企業主導なのに対し日本はアカデミア主導。ビジネスで突っ走るのではなく(新しい)治療を作ろうと頑張る日本の姿勢は(spitzibara注:「姿勢を」ではなく「姿勢は」)大事にしたい。

その一方で、

応用を目指す以上は戦略が必要。研究の最初の段階から企業も参画すべきだ。


で、冒頭に述べたように
本田氏は前日の連載で次のように書いている。

安倍晋三の経済政策「アベノミクス」は、医療による経済活性化を目指すが、産学連携が進めば、新薬や新技術の開発時に(spitzibara注:バルサルタンと)同様の問題が繰り返される危険性が高い。


結局、これらから透けて見えてくるのは、
グローバルな医学研究競争にかろうじて勝ち残ろうとするならば、
「ビジネスで突っ走る」グローバル強欲ひとでなしネオリベ世界に
なりふり構わず(国民の生命を守る責任すら放棄して)乗っかっていく以外にない事情……?

毎日新聞の記事によると、
日本政府は、再生医療の早期承認を可能にする薬事法改正案まで用意している。
合わせて不適切な再生医療を規制する再生医療安全確保法案も用意されているとはいえ、

これで海外企業が参入しやすくなるんだそうな。

再生医療に詳しい研究者の中からは
「海外企業が日本を治験の場に選び、
日本人がモルモットになる可能性がある」との指摘も。

これは今、途上国で起こっていることが日本で起こる、ということだろうけれど、
実は日本でも精神科薬の領域では既に起こっているようにも思われ、↓


それだけに、
この「日本人がモルモット」という指摘はリアルに怖いなぁ、と思うけれど、

改めて考えてみれば、
緒に就いたばかりで、まだ分からないことだらけの再生医療
「なぜこうも急ぐのか」というほどの見切り発車で国民に大盤振る舞いして
マーケット創出を狙おうという「成長戦略」って、

「世界初」を達成するために、日本政府が、
国民をモルモットとして研究に供するに等しい……ことない????