製薬会社資金に信頼性を失っていく治験データ……Avandiaスキャンダル

糖尿病の治療薬Avandiaをめぐるスキャンダルは
補遺で何度も断片情報を拾ってきたので、気にはなりながらも、
製薬会社と研究者の癒着スキャンダルの構図は結局のところ
ずっと同じことが繰り返されているだけだという気がして、
手間をかけてエントリーにする気力が沸かずにいたのですが、

WPが25日に、
製薬会社の資金により治験のあり方そのものが変わってきていることに問題を提起しており、
その中でAvandiaスキャンダルの全容が取りまとめられていたので、読んでみました。


GlaxoSmithKlineって、
抗ウツ薬のパキシルでやったのと同じことをAvandiaでもやってる……と唖然としたのと、

治験資金のすでに半分が製薬会社となっており、そうした実態につれて、
治験が大学や研究機関への委託から民間の営利企業へと移行している、
すでに論文のディスクロージャー程度ではバイアスを見抜くことは不可能だと
NEJMの編集長までが嘆息する事態となっている、という内容が
なんとも衝撃的だったので、以下に。

(ちょうどマイケル・サンデル「それをお金で買いますか」を読んで
絶句したところだったので、治験データも「お金で買える」うちの一つになったのかぁ……とも)


ちなみに、グラクソのパキシル・スキャンダルとは、
小児には効かないとか副作用で自殺念慮が起こるなどのデータを隠ぺいし、
ゴーストライターに書かせて有名研究者らの名前を連ねた論文によって
DFAの認可を受けて販売し、副作用から子どもを含む多くの自殺者を出した、というもの。



で、今回のアバンディアでは、
他の糖尿病治療薬よりもアバンディアが優れていたとの治験ADOPTの結果が
2006年にNew England Journal of Medicineに報告されたが、
その治験自体がグラクソの資金によるものだっただけでなく、
著者11人のうち4人は同社の株を有する社員で、
残る7人全員が同社からグラントや顧問料をもらう学者だった。

そして、その論文では、
アバンディアには悪玉コレステロールを上げて心臓病リスクを高めるとの
データが隠ぺいされていた。

その隠ぺいのやり方が手が込んでいる。

上院委員会の調査情報によれば
ラクソは2003年段階でWHOから
このタイプの薬には心臓リスクがあると警告を受けており、
2005、2006年と14000人に治験を行って血栓症リスクが30%上がることを掴んでいた。
が、この情報は社外秘とされた。

FDAも認可に当たって心臓病リスクについて確認の治験を行うよう求めた。
そこで行われた治験がADOPT。

しかし
治験を依頼された研究者らにはFDAの警告もリスクも知らせないまま、
デザインの段階から既に別の目的のものにされてしまった。

この論文に疑問を抱いたクリーブランド・クリニックのNissen医師が
ラクソが行ったDREAMという別治験のデータを調べたところ、
アバンディアを飲んだグループで明らかに悪玉コレステロールが上がっていた。

訴訟で明らかになったところでは
42の治験が行われていながら結果が公にされていない治験が35もあり、
それらはすべてグラクソの資金によるものだった。

すべてのデータを分析すると、アバンディアは
心臓発作リスクを43%、心臓病による死亡リスクを64%も上げることが判明。

Nissen医師らは、これらについてNEJMに論文を投稿。
通常、受理から掲載まで数カ月かかるが、
2000年に編集長となり問題の改善に取り組んできたJefffrey Drazen(ハーバード大の医師)は
問題を重視し、受理から19日で掲載させた。

ところが驚くことに、上院の調査で明らかになったところによると、
この論文は掲載前にグラクソ側にリークされてしまった。
査読者の誰かが、ADOPTに関わったテキサス大の教授にリークし、
この教授がグラクソに論文コピーをファックスしたのだという。

その情報を元にグラクソ側はNissen医師らの論文に反撃態勢を整える。
当時進行中だったRECORDという治験のデータで反論を試みたのだ。

実際には対象者の数が少ないばかりか、
未だに確定的な結果が得られていない治験であるにもかかわらず、
中間報告を論文発表して、問題を曖昧にすることを図った。

RECORDもまたグラクソの資金による治験で、
この論文の著者8人のうち1人はグラクソの社員、
その他7人は全員がグラクソから何らかの金銭を受けている学者だった。

発表された論文には説得力はなかったが、
臨床医と患者に安全をアピールするグラクソ側のこうした抵抗によって、
アバンディアが市場から引き上げられるまでにはさらに3年の時間がかかり、

2010年9月に市場から回収されるまでの4年間に、
FDAの試算で8300人が心臓発作を起こし、死者まで出すことになった。


                  ―――――

WPの上記記事によると、同様の問題は
Vioxx(メルクの関節炎治療薬)とCelebrex(ファイザーの消炎鎮痛剤)でも起きたことから、
薬の治験データから製薬会社の影響を取り除くための努力がさまざま試みられている。

市場に出ている薬に関する治験データの全公開を求める動きもあるが、
製薬会社が資金を出している治験でそれが保障されるかどうかには疑問もある。

WPの調査によると、
8月までの1年間にNEJMに発表された新薬のオリジナル研究論文は73本あり、
そのうち60本が製薬会社の資金による研究。
50本は製薬会社の社員が共著者となっており、
37本で主著者はスポンサー社から顧問料やグラント、講演料をもらった学者。

1980年代まではこうした実験は政府の資金で行われていたが、
だんだんと製薬会社の資金への依存度が高まり、
去年は製薬会社が390億ドル、NIHが310億ドル。

ペンシルベニア大の調査によると、
製薬会社の資金による治験では結論がその会社に都合のよいものとなる確率が
政府資金やNOPの資金によるよりも3.6倍も上がる、という。

さらに気がかりな傾向として、WPは
治験を請け負う民間企業まで登場しており
大学や研究機関から、こうした営利企業へと治験が流れているという。
既に製薬会社の治験資金はすでに半分以上がこうした企業に流れており
そうした仕組みの中では研究者は製薬会社に使われる手足と化してしまう。

(この部分を読んで思い出したのは、
遺伝子治療で死者が出た2007年のニュースの中にあった
新しい治療の安全性を審査する審査委員会が米国では
すでに民間企業にゆだねられている、という実態 ↓
遺伝子治療で死者 続報(審査委員会は民間企業!)(2007/8/7))


「論文発表の際に金銭関係のディスクロージャーがあれば
それでバイアスが防げると考えられたのは、
査読が厳しく行われる時代だったからで、
もはや論文報告にバイアスがかかっているかどうかなんて
編集者にも査読者にも読者にも、分からない」という人も。

NEJMのDrazen編集長はそうしたバイアスの排除に向けて努力してきたが、
最近ではNEJMに発表された論文であっても、
製薬会社資金の治験であれば医師らが信頼しなくなりつつあり、
医学研究そのものが崩壊の危機の様相を呈してきた、とも。

Drazen氏の以下の言葉が印象的。

This is a business built on people telling the truth.
医学研究というのは関係者がウソをつかないという前提で成り立っている業界。



同じような構図のスキャンダルは他の問題でも繰り返されており、
それらは以下のエントリーにリンクしてあります。 ↓
“オピオイド鎮痛剤問題”の裏側(米)(2012/10/20)