「認知症高齢者への抗精神病薬をめぐる動き」を書きました

認知症高齢者への抗精神病薬をめぐる動き

英国で衝撃的な裁判のニュースがあった。
ミドル・サセックス州ヘイズのナーシング・ホーム(以下ホーム)の看護師で主任職員のMirela Aionoaei(37)は、夜勤の際に(自分が)眠りたいために、認知症の入所者に抗精神病薬を大量に飲ませていたとして今年1月に起訴された。
8月に開かれた裁判で明らかになったところによると、被告は夜勤の度に2つ並べた椅子をベッド代わりに寝るのを好んでいたという。彼女の夜勤の晩に限って入所者が突然ふらふらになるほどの眠気を催す、薬のワゴンではなくエプロンのポケットから取り出した錠剤を飲ませているなど、不審に思った同僚が通報。警察が入所者の髪の毛サンプルを調べたところ、即効性の睡眠薬や抗ウツ剤など、処方されてもいない抗精神病薬を長期間に渡って飲まされていたことが明らかになった。Aionoaeiは容疑を否認している。判決は9月末とのこと。

問題行動を抑制する目的での認知症患者への向精神薬の過剰投与問題は、英語圏では何年も前から取りざたされてきたが、特に最近になって相次いで副作用エビデンスが報告され、見直しへの機運が高まっているようだ。今年に入って特に目についたニュースとして、例えば以下のようなものがある。

抗精神病薬で死亡リスクが上昇
 ハーバード大の研究者らがブリティッシュ・メディカル・ジャーナルで、抗精神病薬によっては認知症患者の死亡リスクを上げる可能性を報告している。ホームに入所している65歳以上の75000人を対象にした、米国における同種の調査としてはこれまでで最も大規模な調査。
対象者の属性や身体的な病気、環境など広範な要因からの影響を調整して得られたデータから、「常に可能な限り最少量の処方とし、特に治療開始直後は細かくモニターすることが重要」「認知症高齢者へのハロペリドールの使用は害が大きすぎて正当化できない」などと書き、「問題行動には他の介入を試みる必要」があると結論。(2月24日 Medical News Today)

抗精神病薬で心臓発作リスクが上昇
米国医師会の内科ジャーナルで、認知症高齢者では抗精神病薬により心臓発作のリスクが上がる可能性が報告されている。
カナダとフランスの研究者が2000年1月から09年12月の間、カナダ、ケベック州の処方レセプト・データベースを用いて、コリンエステラーゼ阻害剤を使用中の66歳以上の患者37138人を特定。抗精神病薬を使用した患者と使用していない患者のデータを比較したところ、地域在住の高齢者で、抗精神病薬と心臓発作リスクの中等度の上昇との関連が見られた。著者らはさらなる研究が必要としながらも「当面、医師は認知症患者への抗精神病薬の処方を限定し、可能であれば環境や行動を通じた戦略など他のテクニックを用いるべき」と結論している。(4月2日 Medical News Today)

米国政府機関が削減キャンペーン
米国公的医療保険センター(CMS)やホームの経営者団体は、年末までにホーム入所の認知症患者への抗精神病薬の使用を15%削減するキャンペーンを発表した。CMSの報告によれば、2010年に認知症の兆候のある入所者の40%が、適応外処方で抗精神病薬(適応は統合失調症双極性障害など)を出されており、17%以上が推奨レベルを超える量を毎日飲んでいた。
MCSは7月までに同センターのウェブサイトに、ホームごとのデータを比較できる専用ページを設ける予定(7月19日に新装されたNursing Home Compareサイト内に設けられた)。ホームに対して、患者のことを知りニーズへの理解を深めて対応できるスタッフを置き、音楽療法や体操、交流活動など薬に頼らない対応に時間を割くよう求めている。
しかし、現場からは「問題行動があってコミュニケーションもとりにくい認知症患者への投薬はそれほど単純ではない」「皆さんにサン・ルームまで自分で歩いて行ってもらって、そこで本を読んであげられるほど政府からナーシング・ホームに金が出ているわけではない」「(行動療法が)うまくいく人もいるが、そういう人ばかりではない」などの声も上がっている。(6月4日 Pittsburg Post-Gazette

ちなみに2月のMNTの記事によると、米国FDAは2005年に「認知症高齢者の行動障害への治療として用いられる第2世代抗精神病薬は、死亡率上昇と関連している」と警告している。

「世界の介護と医療の情報を読む」76
介護保険情報」2012年10月号