Dr. Emanuel「PASに関する4つの神話」

6日(明日ですね)のMA州のPAS合法化に関する住民投票を前に
10月27日に生命倫理学者のEzekiel J. EmanuelがNYTに
「医師による自殺幇助に関する4つの神話」と題した論考を寄稿。



Emanuel医師は1997年にOR州の合法化に際しても批判論を展開した人物。
その際に安楽死に反対する理由として挙げたのは、

① いったん合法化されれば
医師らは患者に致死薬を注射することに徐々に抵抗感を失いルーティーンとなる。

② 抵抗感がなくなれば、その選択肢は、ターミナルな患者だけでなく、
社会から見て苦しそうで目的のない人生を送っているように見える人に広げたくなる。

③ そこに財政的な問題が加われば、
安楽死はあっという間に例外ではなくルールとなる。 
特に2010年にはベビー・ブーマーが定年を迎え始め、
その人口動態が社会保障とメディケア財政を逼迫させる状況があるだけに。



で、今回のNYTで指摘されている4つの神話とは;

「耐え難い痛みから死を望む人たち」というのは神話

数々の調査研究で明らかになっているところとして、例えば、
1998年から2009年の間にOR州で自殺幇助で死んだ人のうち
苦痛があったり、苦痛を恐れていた人は22%にすぎない。

90年代に1年間だけ安楽死が合法化されたオーストラリアで安楽死した7人のうち、
3人については痛みが報告されていないし、
他の4人でも痛みのコントロールは適切にできていた。

オランダで2005年に出た報告では
138人のターミナルながん患者を追跡したところ、
安楽死またはPASを求めた人はウツ状態の患者でそうでない患者の4倍だった。
安楽死を希望した患者の約半数がウツ状態だった。

つまり、一般に耐え難い苦痛がある人がPASを望むと思われているのは神話で、
実際は一般の自殺と同じくウツ状態の人が希望するケースが多い。
ウツ状態で自殺を希望する人への対応ならカウンセリングとケアが常識。

「医療がハイテクになったために機械に繋がれて無駄に延命される時代になったから
それを避けるためにPASが必要」というのは神話

 ギリシャ・ローマ時代から安楽死は説かれてきたし、
英国でも19世紀から、米国でも20世紀初頭から、
つまり抗生物質や透析がない時代から議論になってきた。
ハイテク医療の時代とは無関係。

「死の自己決定権が保障されることで終末期に良いケアを受けられる」は神話

合法化された国や州でこれまでに自殺幇助を受けてきたのは限られた一部にすぎず、
死にゆく患者の大多数は幇助を求めることなく死んでいる。

合法化で利益を得るのは、
教育レベルが高く何でも思い通りにしたい富裕層の癌患者で
社会のトップ0.2%の人々。

一方、合法化で最も濫用被害を受けやすいのは
貧しくて教育レベルが低く、家族にとって負担となる末期の患者。

「幇助自殺なら苦しまないで死ねる」は神話

自殺幇助でも予定通りにいかないことは沢山ある。
オランダの調査では17%のケースで患者が毒物を吐いていたし、
15%ですぐに死なず何時間、時には何日もかかって、最後には
医師が介入して、自殺幇助が安楽死に転じたケースも、
(これはOR,WAを始め、MAで提案されている法案でも違法行為)


で、Emanuel医師の結論は以下。

PASを合法化するのではなく、もっと本当に大事なことにエネルギーを使うべきである。それは、死にゆく人へのケアをもっとよいものにすること。具体的には、すべての患者が自分の望みを医師や家族とオープンに話し合えるように、またすべての患者が無用な医療に苦しむ前に質の高い緩和ケア、ホスピスケアを受けられるようにすること。



エントリーが膨大な量になって、すぐにはリンクできないのですが、
だいたいここに挙げられている類似のデータは当ブログでも拾ってきた通り。

ただ、②の点では、私は、
やはり科学とテクノが発達してきた時代ならではの
安楽死・自殺幇助の議論への影響というのはあるような気がする。

一つには、「科学とテクノで簡単解決文化」が社会全体に
「身体も生命もいかようにも操作可能なものになってきた」感覚を根付かせて、それが
社会全体に身体や生命に対して操作的な向かい合い方を促しているところがあるんでは?

次に、医療が高度化して、端的に医療費が増大してきたことが
高齢化に比べるとあまり言われないけれど、事実としてあると思うし、
医療経済の問題として「死の自己決定権」が語られる背景にはこの問題もあるんでは?

それからベルギーの「安楽死後臓器提供」の実例や
その他、当ブログが拾ってきた諸々の情報からしても
安楽死・自殺幇助の問題は臓器移植医療の臓器不足解消の要請と繋がっているのでは?

それらの点で、科学とテクノロジーが発達した時代ならではの
安楽死・自殺幇助合法化に向けた動き加速化の背景というものがあるような気がする。