「刑務所で認知症患者が増加、介護も囚人に(米国)/英国医師会か『「選択的人工呼吸』の提言」書きました

刑務所で認知症患者が増加、介護も囚人に(米国)

英語圏のニュースを拾い読みしていると、思いもよらない事態の出現に驚きつつも、「考えてみれば、こういうことが起こるのも必然だった」と深く納得させられることがある。そして「必然ならば、近く日本でも起こる……」と、しばし考え込んでしまう――。ニューヨーク・タイムズの“Life, With Dementia”(2月25日)は、まさにそういう記事だった。
タイトルのLifeは「人生」の他に、ここでは「終身刑」の意も重ねられている(Dementiaは認知症)。終身刑を受けた囚人に認知症を患う人が増え、カリフォルニアやペンシルベニアなど一部の州では、同じく終身刑の囚人に介護を担わせている、というのだ。  
近年の厳罰化傾向で囚人が増え刑期も長期化し、現在、全米の刑務所に収容される囚人の1割が終身刑だ。1995年からの15年で55歳以上の囚人の割合は4倍になった。もともと教育レベルが低いとか様々な疾患があるなど認知症リスクが高い人が多いうえ、刑務所暮らしは刺激も少なく、認知症発症率は一般よりも高い。
認知症がなくとも高齢の囚人には若年層よりも3倍から9倍もの医療費がかかるため、認知症ケアにまで多額のコストをかけられない州には悩みの種となっている。ナーシング・ホームに移すところもあるが、犯した犯罪が残虐なだけに保釈になりにくく、ホーム側が受け入れないことも。
そこで、リスクは高いが安上がりな方法を編み出したのがカリフォルニア州だ。同州のある刑務所では、黄色のジャケットを着て「ゴールド・コート」と呼ばれる囚人が認知症の仲間を介護する。彼らはアルツハイマー病協会の研修を受けて、認知症マニュアルを支給され、食事、入浴の介助など日常の介護を担う。エクササイズ教室や記憶を刺激するイベントの実施も担当する。ただし爪はやすりをかけるまでなど、できる行為には制約がある。介護報酬は月50ドル。
彼らもまた残虐な殺人を犯した犯罪者だが、過去5から10年問題行動がなかった人が選ばれる。不適切な行為で外されたのは、09年にこの制度が導入されて以来、一人だけとのこと。導入以前には、認知症に無理解な職員が患者の行動を誤解して乱暴な扱いをしたり、囚人同士のもめ事も多かったが、知識のある「ゴールド・コート」は適切にケアすることができるため、刑務所内の雰囲気が落ち着いてきた。今では初期の兆候に気付くのも「ゴールド・コート」だ。プログラムを監修している医師によると、複雑な感情が絡まる家族介護者よりも患者へのレスポンスが良いとか。
しかし収監中に認知症を発症した人の家族に「保釈を望みますか」と尋ねると、「いえいえ、こちらで受けている介護はとても家族にはできません」と断られた、というエピソードには考えさせられる。
もう1つ、気になったので調べてみたところ、米国では1998年にできた「介護職犯罪歴スクリーニング法」により、殺人などの重罪歴のある人を介護職として雇うことは禁じられている。同法が要介護者の虐待防止のセーフガードと位置づけられていることを考えると、安全な介護を受ける認知症の囚人の権利という視点からは、この辺りがどう整合するのか、疑問も残る。
一方、ニューヨーク州は資金を投入する道を選んだ。認知症の囚人専門のユニットを独立させ、プロの介護職に介護させている。コストは通常の囚人なら一人年間41000ドルのところ、93000ドル。
既に当欄で何度か紹介したように、英語圏では、回復の見込みのない終末期の患者や重症障害者への治療は社会のコストに値しないとする“無益な治療”論が広がりつつある。ニューヨークの数字を眺めていたら、イヤな予感が胸に広がってきた。まさか次に台頭するのは“無益な介護”論……?

英国医師会から「選択的人工呼吸」の提言

予防医療や治療技術の向上で、脳死者の発生件数が減少しているらしい。移植臓器の減少を懸念する英国医師会は2月13日、ラディカルな臓器不足解消策をいくつか提言した。最も物議をかもしているのが選択的人工呼吸(elective ventilation)。いったい何のことかと思ったら、通常なら“無益な治療”として延命治療が差し控え・停止されるケースで、臓器ドナーとなる可能性がある場合は、本人または家族の意志確認ができるまでの間、人工呼吸を行おうとの提言。
保健省は「死より前に行われる一切は患者の最善の利益にかなうものでなければ」。しかし“死”も“無益”もこれほど操作可能な概念となった時代に、そのコメントも玉虫色に見える。

「世界の介護と医療の情報を読む」
介護保険情報」2012年4月号