「植物状態」からの「覚醒」と、その研究について、思うこと

12月7日の以下のエントリーを某MLに流したところ、
ある方から「治療としての位置づけが十分でなく効果が過剰に言われているのでは」などの
コメントをいただきました。



この方からは、いつも専門的な情報のみならず良い刺激をもらっているのですが
今回のコメントからも、あれこれ考えるヒントをいただいて、
混とんとしている自分の頭の整理が多少できたような気がするので、

いただいたコメントへのお返事として書いたことを、
とりあえず今の段階で整理できたことのメモとして以下に。

ご返信ありがとうございます。
この薬の「治療としての位置づけ」について、ですが、06年には南アの医師らが会社を立ち上げて治験をやってくれるパートナーを探している段階だったので、今年に入って米国の大学や研究所で初めての大規模実験が始まったというのは、そこまでやっと進んできたということなんだろうと思います。06年のパートナー探しでもZolpidemの新しいマーケットの可能性を訴えていましたし、そこに何らかの食い付きがあって投資資金が投じられたから起こったことだろうとも推測します。植物状態や最小意識状態の改善に向けて睡眠薬の新たなマーケットが、まさかブロックバスターに化けるわけではないから、この治験に資金を集めるのは難しいのでは、と私は思っていたので、まずはここまで進んできたことを歓迎したいと思っています。まだ、位置づけられるためのプロセスがやっと始まろうとしている、という段階ではないでしょうか。
次に、この研究の「医療の動向における位置づけ」というか「意義」について、私は意識障害の治療の可能性そのものよりも、まずは”無益な治療”判断による一方的な治療停止がどんどん慣行化していく中で、無益性判断の根拠とされている「不可逆性」を否定することに最も大きな意味があるのでは、と考えます。
おっしゃるように、新たな治療法が紹介される時に過大評価や過剰な先取り期待を煽る報道がされることは日々繰り返されていますが、その多くは「科学とテクノの簡単解決文化」とその背景の利権とが方向づけていく最先端・予防と弱者切り捨て優生/資源化路線に沿ったもののように思います。この研究でも、続けていくにはコストが問題となると研究者が懸念していますが、同じく「命を救う治療」であっても、「命を救う」が多額のコストを費やすことの免罪符としてまかり通っていく(または世論の目くらましとして有効に働く)分野と、「命を救う」だけではコストが正当化されにくい分野とが歴然とあるということでしょう。私はこの研究はむしろ後者に属するように感じているので、なんとか前進してほしいと願うものです。
この記事の中でも言及されているOwenらの研究は、植物状態とされた人の脳画像によって「Yesだったら、テニスをしているところを想像して」という指示を出し、運動野にテニスをしている時に近い反応が見られることなどを通じて、植物状態とされた人の意識の有無やコミュニケーションを探ろうとするものです。これについて初めてエントリーにした時に私も「むしろ、こうしてコミュニケーションが可能になれば、それは安楽死誘導に使われていくのではないか」という懸念を持ちました。また、そういう方向に使い道が開けそうだということになれば、「自己決定と選択と尊厳」を謳って、むしろ研究資金が集まるのだろうな、とも懸念します。
昨日、米国で1週間前に銃乱射事件の犠牲になった1歳の子どもについて、「脳に活動が見られないから」という理由で治療は無益だとして、こども病院が両親に人工呼吸器取り外しを言い渡した、という報道がありました。たった一週間です。まだちゃんと読んでいませんが「脳に活動が見られない。もう天国に行っている」という言い方からすると、ちゃんとした脳死判定があったという印象ではありません。
現場でこういうことが慣行化されていく時代だからこそ、このような事例や研究をもとに、治療としての効果云々という次元ではなく、もっと本質的な倫理問題の議論がされるべきなんじゃないかと思うのです。研究資金の流れに沿った議論をする生命倫理学者の方の発言ばかりが目立って、それに抗う議論を出してくる学者の方が非常に少ないと思えるだけに、強く、そう思います。


最後の「研究資金の流れに沿った」という個所はちょっとわかりにくい表現になってしまいましたが、
「科学とテクノの簡単解決文化」とその利権の目指す方向に沿った、という意味です。


なお、Owenらの研究については、


さらに11月11日の補遺で以下

脳スキャンで植物状態の人の意識状態を確認しコミュニケートできる可能性。前からこの研究をやっているケンブリッジのAdrian Owen教授ら。
http://www.guardian.co.uk/society/2011/nov/10/brain-scanner-hope-patients-vegetative?CMP=EMCNEWEML1355