睡眠薬による「植物状態」からの「覚醒」 続報

睡眠薬zolpidemによって植物状態や最少意識状態から覚醒する事例が
世界中で報告されていることについて2006年の記事を
8月に以下のエントリーで紹介しましたが、


その続報がNYTにありました。

A Drug That Wakes the Near Dead
NYT, December 1, 2011


この記事でも、上記06年の記事にあった「覚醒」の第一例
南アフリカのLouis Viljoenさんについて書かれており、
Viljoenさんはその後、zolpidemの効果が持続する時間がどんどん長くなって、
最後には飲む必要がなくなったとのこと。

ただし、この記事の中核となっているのは
米国テネシー州メンフィスのChris Coxさんの新しいケース。

08年10月に鎮痛剤の過剰摂取から意識不明となり
15分以上の心停止だったことから脳損傷が避けられなかったものの
救急スタッフは呼吸器をつけ、最善を尽くして救命した。当時26歳。

両親は医師から
その夜の内にきっと心臓まひが頻発して死ぬから呼吸器を外すように言われたが拒否。
次にDNR(蘇生無用)指定を勧められたが、それも拒否した。
結局、心臓まひは起きず、クリスは4日後に意識を取り戻す。

3年後の現在、話すことはできないし、寝たきりで身体は拘縮し
胃ろう依存で、よく肺炎も起こしているが、
両親がリサーチの末に辿り着いた睡眠薬Ambien(zolpidemに同じ)によって
認知は改善してきている、と両親。

目をパチパチしたらYES。指をクネクネしたらNO。
親指を立ててみせて、と言われたら親指を立てる。

担当医も、クリスが植物状態を脱して最少意識状態との境界レベルにあると認める。

これまで、酸欠による植物状態は3カ月続くと固定し
外傷による植物状態も1年で固定すると考えられてきたが、
ここ10年、その定説を覆すデータが出てきている。

例えば
① 2003年にアーカンソーのTerry Wallisさんが19年間の最少意識状態から覚醒したが
脳画像では、生き残ったニューロンが死んだニューロンを迂回して新たに繋がり合い、
彼の脳は自ら修正を行っていたことが明らかになった。

② 2007年にはWeill Ciornell 医大のNicholas Schiff医師らがNature誌に論文を発表し、
損傷を受けて何年も経った患者が「脳ペースメーカー」とも言えるDBSで
話したり食べたりするまでに回復した事例を報告した。

③ 今月のLancetで英国の神経学者Adrian Owenが発表したところでは
植物状態とされて身体は一切動かない患者の脳が簡単な指示に反応していることが
明らかになった。

(この話題については当ブログでも11月11日の補遺で拾っている。
Owenらの研究については他にも以下のエントリーがある。
植物状態の人と脳スキャンでコミュニケーションが可能になった……けど?(2010/2/4))


Zolpidemの認知障害の治療薬として初めての大規模治験が
Moss Rehabilitation Research Instituteとペンシルベニア大学
今年始まったところだ。

この10年の事例では、
効果のある人と、全くない人とがあり、
効果のある人でも、使っているうちに効かなくなる人と、
長く使っても効果が薄れない人、どんどん改善して飲まなくてもよくなる人があり、
何がそれを分けている要因なのかは不明。

Weill Cornel 医大の医師で、間もなく
“Rights Come to Mind: Brain Injury, Ethics and the Struggle for Consciousness”
という本を上梓するJoseph J. Fins医師は
「いったん最少意識状態まで回復したら、次はどこまでいくかは予測不能
完全な意識を回復する患者もいれば、そこに留まったままの人もいる。
結果を知るためには、時間をかけて様子を見るしかない」

長期予後が不透明な中でチューブだらけで感染症を立て続けに起こしている姿を見れば
家族もラクにしてやりたいと思うのは自然だし、医師が最悪を念頭に
家族に治療停止を提案することも少なくない、と語り、しかし、それは
「さっさと解決してすっきりしたいがために、
どっちとも分からないことを全部すっ飛ばしているだけ。
早いうちから一律にもう駄目だと決めてしまうのは間違い。
今のように時間が経過した後の回復の可能性がデータで出てきているなら、なおさらだ」とも。

ただ、家族にとっては延々と諦めずに戦い続けるのか
それでも結果は分からないとなると苦しいし、
合併症と闘いながら丁寧な意識状態のアセスメントを繰り返すことには
コストの問題もあり、難しい、とMossの治験ディレクター。

植物状態」の4割は誤診だとのデータもある、とこの記事でも言及されており、
それは実は上記のOwenらのデータで、当ブログでも08年に拾っていますが ↓


私自身はAshley事件を通じて
重症障害者の意識状態に対する医療職の偏見の根深さを痛感してきたし、
実際にミュウやその他の重症児・者の認知や知的レベルについても
親や直接処遇職員に比べて実は何も知らないと言ってもいいほど医師が無知であることは
様々に見聞してきた。

この記事の中にも象徴的なエピソードが出てくる。その概要は以下。

植物状態」や「最少意識状態」を間違いなく診断できると思いこんでいる医師に、
また親が「ウチの子は分かっている」という言葉に疑いを差し挟むすべての人に、
じっくりと読んでもらいたい、と思う。

Chris Coxさんは目を覚まして2週間後には目で物を追うようになり、
1カ月後には簡単な指示に従うようにもなった。

そこで友人が見舞いに来た時に
ベッドの両脇に2、3人ずつ並んで、
「ジムを見て」「今度はボブを見て」と指示すると
クリスさんは正確にその友人を目視してみせた。

そこで母親が医師にその話をして改めてMRIを撮ってほしいと求めたところ
医師は「そんなのは脳幹の反射に過ぎない。
名前の通りの人を目視したところを友人や家族が目撃したのは
クリスの現状を否認したい気持ちのなせる技に過ぎず、
実際の回復のエビデンスではない」と突っぱねた。

この医師は、一日おきにクリスの病室に立ち寄るが、
ドアのところからクリスの名前を大声で呼び、反応があるかどうかを見ては去っていく。
一度も部屋に入ってきて間近にクリスを見たことはなかった。
そこである時、母親が腕をつかむようにして部屋に引きずり込み、
ベッドサイドまで連れてきた。

そして、「瞬きして」と息子に語りかけた。
息子は瞬きをして見せた。

次に医師にドアまで歩くように言い、
息子には医師の動きを目で追うようにと指示した。
息子は言われた通りに医師の動きを目で追った。

さらに親指を上げてみて、という指示に
クリスの親指がわずかながら、もぞもぞと持ちあげられると
医師は驚いて口をあんぐりとさせた。

そしてやっと
クリスが植物状態ではなく最少意識状態だということを理解した、という。


私としては
瞬きと指の動きでYESとNOを表現できるということは
質問の内容を理解できているということだと思うし、
友人をそれぞれ認識できているということを考えても
クリスさんは感覚レベルをはるかに超えた「意識」を有しているのだけれど
それを表出することができないでいる可能性があるのではないか、

そういう人を快不快の感覚レベルの「最少意識状態」とすることは
それって本当のところ、どうなのよ? という気がしますが。



その他「植物状態」や「脳死」からの回復例についてはこちらの文末にリンク一覧があります ↓
またも“脳死”からの回復事例(豪)(2011/5/13)