“薬の自動販売機”医師が被害者の親から訴えられて「法制度を悪用するな」と逆訴訟

うぇぇっ? と思わずのけぞってしまいそうな
薬がらみの前代未聞の訴訟が米国で起こっている。

その背景にある米国社会の実情にも、すさまじいものがあって、
記事の冒頭のセンテンスをそのまま訳してみると、

処方麻薬の利用が劇的に増加しているため
(それにつれてオーバードースでの死者も増加していることから)、
全国で医療過誤pill mill(カネ儲けのために診察もせず薬を売ってショーバイする医師や診療所)で
医師を訴える訴訟が続発している。

pill mill は「薬の販売所」とでもいったニュアンスでしょうか。
日本でも時々見聞するこうした医師のことについてspitzibara個人的には
何年も前から「薬の自動販売機みたいな医師」と称しています。

で、この記事の中には
pill mill事件を”専門”にする弁護士も登場する。

それほどpill mill事件の訴訟が増えているというのもすごい話なのだけれど、
でも、この記事が話題にしているのは、そちらの問題ではなく、
ある女性のオーバードース死を巡る医療過誤で訴えられた医師が、訴えた両親を
「私を苦しめるためだけに法制度を悪用し医療過誤訴訟を起こした」と
逆に損害賠償を求めて訴えた、という風変わりな訴訟。

もっとも、
05年の娘の死の責任を問うてDeBauns夫妻が09年に起こした訴訟は
既に時効が来ているとして裁判所に却下されたのだけれど、

DeBauns夫妻に訴えられたKevin Buckwalter医師というのが
なにしろ並みの経歴の持ち主じゃない。

2008年あたりから、あまりにお粗末な医療で名を馳せてきた人物で、

処方麻薬中毒の治療のために離脱したいと受診した10代の女性に
更に麻薬を飲ませて2007年に自殺に追い込んだり、

大量の麻薬を処方された69歳の女性が
あまりにひどい便秘から腸が破れ腹膜炎で死亡したり。

Debauns夫妻の娘Andrea Duncanさんについても
初診時に「時間がなかったので」診察もせずに
ソラナックスと合成オピオイド合わせて300錠を処方したことを
Buckwalter医師自身が証言している。

Andreaさんは2005年にオーバードースで死亡。
その4日前には同じくBuckwalter医師の患者だったAndreaさんの夫も
処方麻薬のオーバードースで死亡している。

翌2006年には米国 Drug Enforcement Administrationが
少なくとも8件のオーバードース死に同医師が関与しているとし、
Buckwalter医師から規制薬物の処方ライセンスを剥奪。

これについても同医師は、
ライセンスを取り戻すべく訴訟を起こし、敗訴している。

法学者らは今回のDeBauns夫妻の法制度悪用の訴えを「前代未聞だ」と言い、
「いや、法制度を悪用しているのはBuckwalter医師の方だろう」と言い、
またBuckwalter医師の主張は法的に正当化できないだろうと見ているものの、

イヤ~な気分にさせられるのは、ある法学者が
こういう訴訟が相次ぐことになれば患者が医療過誤の訴訟を起こしづらくなるのでは、と
言っていること。



イヤ~な気分になったのは、
ちょうど26日朝の新聞で、大阪の石綿訴訟の逆転判決で、
控訴審判決の以下の指摘を読んだばかりだったからかもしれない。

「工業製品の製造や加工の際に新たな化学物質の排出を避けることは不可能であり、」
規制を厳しくすれば工業技術の発達や産業社会の発展を大きく阻害する」

朝日新聞では早稲田大学法科大学院の淡路剛久教授が
「流れが逆行したようだ」とコメントしているけれど、

この控訴審判決の論理でいけば
「大規模災害の際に原子力発電所の安全を完全に保障することは不可能であり
規制を厳しくすれば工業技術の発達や産業社会の発展を大きく阻害する」も

「新たなワクチンや新薬開発の際に予測不能の副作用被害を避けることは不可能であり、
規制を厳しくすれば予防医療の発達や、激しい国際競争に晒される科学とテクノの分野で
日本の産業の発展・生き残りを大きく阻害する」も
十分に言えることになりそうな気がするから、

原発事故の被害を国が保障する必要も、
ワクチン被害を補償する必要も、
人体実験での被験者の安全と人権を慎重に守る必要も
否定されかねないのでは?

そして、もちろん、この「流れの逆行」は
そのまま日本だけではなくグローバルな流れの逆行とも重なって

弱い立場にある人々を守るべく、歴史の失敗に学びつつ
人類が長い年月をかけて築き上げてきた人権という装置や、
それを通して機能する法や倫理の理念や制度(つまりは法の歴史性というもの)が、
強者に都合よく、いつのまにか、なし崩しにされていく……

そういう形での「逆行」と重なって感じられることを思えば、

Buckwalter医師の起こした訴訟そのものは
多くの医師にとって「なんて無茶苦茶な奴なんだ」と呆れるほどの低次元であり、

実際、少数であるにせよ、こうしたトンデモ医師が存在することも、
pill mill 医師たちが現実に存在することも、多くの医師は周知していて
個人的には憂うべき事態だと考えてはいても

それはそれとして、
医療における患者の権利の否定や弱体化という「逆行」の1つの顕れとして、
この記事の最後に法学者が述べている懸念にも
十分なリアリティがあるように感じられることが、
なにやら、そら恐ろしい。

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このところ危うくなりつつある「人権」という概念については、
カナダ・アルベルタ大学のSobseyが、なかなかいいことを言っている ↓



また「法の歴史性」は09年に人に教えてもらった概念で、
人権と共にそちらも危うくなっていることについては
以下のエントリーなどで関連したことを書いています ↓



私は上のエントリーを書いた09年の頃には
科学とテクノという限定でこうしたことを考えていたのですが、
その後、科学とテクノはすでにグローバル経済と直結していることに気づいてきました。

人権や法の歴史性の否定や、上記の「逆行」は
こういう構造変化を起こしつつある社会の要請から起こっていることとして
最近の私には意識されています ↓