ドナー家族をレシピエントと対面させて祝福セレモニー:NYドナー・ネットワーク
このほど、NY 臓器提供者ネットワークが、
Julioさんをたたえ、家族に感謝するセレモニーを行った。
Julioさんをたたえ、家族に感謝するセレモニーを行った。
そのビデオがNYTに ↓
冒頭では、
子沢山の一家が自宅に勢ぞろいして
亡き夫・父と彼の死後を語る。
子沢山の一家が自宅に勢ぞろいして
亡き夫・父と彼の死後を語る。
その後、場面は、セレモニーが行われた一室に。
一家が多くの人の拍手に迎えられて入室。
「1人でも2人でもなく、多くの人の命を救ったヒーロー」として
最初にJulioさんの人生が写真で紹介された後で、
最初にJulioさんの人生が写真で紹介された後で、
会場にいたレシピエントが一人立ち上がる。
移植前にどういう症状に苦しんでいたか
今どんなに楽になって助かっているが
感謝の言葉と共に語られると、
今どんなに楽になって助かっているが
感謝の言葉と共に語られると、
レシピエントはJulioさんの妻に近づいていき、
改めて感謝の言葉を述べ、2人は泣きながら握手を交わす。
改めて感謝の言葉を述べ、2人は泣きながら握手を交わす。
そして、また別のレシピエントが紹介され、それが繰り返された後で、
(その部分はビデオでは省略されています)
最後に心臓のレシピエントが立ちあがる。
(その部分はビデオでは省略されています)
最後に心臓のレシピエントが立ちあがる。
妻と男性は言葉を交わしながら、感極まり最後には抱き合う。
そこにいたレシピエントが全員紹介されて並んだところで
妻がその前に立ち、ドナーの妻としての思いをスピーチ。
妻がその前に立ち、ドナーの妻としての思いをスピーチ。
みんなが感情的になり涙を流し続ける感動的なセレモニーの最後に
妻は改めてレシピエント一人一人と言葉を交わし、お互いに祝福しあう。
妻は改めてレシピエント一人一人と言葉を交わし、お互いに祝福しあう。
ビデオのタイトルは「命(複数形)を提供する」。
(ちょっと余裕がないので、記事はまだロクに読んでいませんが)
記事の左手にもビデオがはめこまれていますが、
その下にはどの臓器がどの人に移植されたかが写真と図で分かるようになっています。
その下にはどの臓器がどの人に移植されたかが写真と図で分かるようになっています。
匿名の人が3人。それ以外の人は写真があります。
セレモニーの会場にいて、妻がスピーチをする際に背後に並んでいた人たちのようです。
セレモニーの会場にいて、妻がスピーチをする際に背後に並んでいた人たちのようです。
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去年、「いのちの選択」で、ドナー家族の体験談を読んだ際に
後悔していない人や後悔しないために活動に向かう人たちの声は
私たちに聞こえる機会はあるにしても、後悔している人は語りたくないだろうから
そういう人の声は私たちの耳には届きにくい……ということを考えたものだったけど、
後悔していない人や後悔しないために活動に向かう人たちの声は
私たちに聞こえる機会はあるにしても、後悔している人は語りたくないだろうから
そういう人の声は私たちの耳には届きにくい……ということを考えたものだったけど、
もしかしたら
そればかりでもない力動も加わっていくのかもしれない……。
そればかりでもない力動も加わっていくのかもしれない……。
それにしても、私はモノを知らないためか、
ドナーが誰かという情報はレシピエントには一切明かさないのが
臓器移植医療の原則なのだとばかり思っていました。
ドナーが誰かという情報はレシピエントには一切明かさないのが
臓器移植医療の原則なのだとばかり思っていました。
そして、それが原則として重視されるには、
それなりの理由があるのだとばかり思っていたのですが……。
それなりの理由があるのだとばかり思っていたのですが……。
【追記】
米国のドナーとレシピエントの交流についての議論をまとめてくださった
てるてるさんの情報ページがありました ↓
http://www5f.biglobe.ne.jp/~terutell/donorrecipient.htm
米国のドナーとレシピエントの交流についての議論をまとめてくださった
てるてるさんの情報ページがありました ↓
http://www5f.biglobe.ne.jp/~terutell/donorrecipient.htm
ドナー家族とレシピエントは、実名を知らされたり、直接対面することはありません。移植が無事終了しても移植コーディネーターは、その結果やその後の経過 を臓器提供側の家族や主治医に報告します。レシピエントの術後の経過を把握し、ドナー家族に対する報告と精神的ケア、レシピエントからドナー家族への感謝 の手紙を橋渡しするのも、移植医療の発展には欠かせない重要な業務です。
ドナー家族に光を当てよう、と。
米国の状況を例に引きつつ――。
米国の状況を例に引きつつ――。