オンブズマン報告書を読んでみた:知的障害者に対する医療ネグレクト

前のエントリーで紹介した
英国の知的障害者に対する医療ネグレクトをめぐるオンブズマンの報告書のうち
Part 1 overview and summary investigation reports のみを
とりあえず読んでみました。


以下の項目は個人的な整理によるもので必ずしも報告書の項目とは一致しません。
特に個人的に興味のあった部分を以下に。


経緯

2003年から2005年に亡くなった6人のケースについて
Mencapが報告書 Death by indifference (2007年3月)で報告。
その後、医療コミッション、さらにオンブズマンへ苦情申し立て。

そうした中、保健相に任命されたJonathan Michael卿による
The Independent Inquiry into Access to Healthcare for People with Learning Disabilitiesが設立され
その報告書は2008年7月にHealthcare for Allとして刊行。
医療における障害者への配慮の必要が明文化された。


調査

今回、苦情を申し立てられたのは医療コミッションを含む20の公共団体。

調査において、
オンブズマンらはMencapのすべての苦情をその通りだと認めたわけではない。
GPに対する苦情は認められなかったことも特筆すべきであろう。
調査においては、よい医療や社会ケアの事例もあった。

しかし一方で
特に医療職がもっと積極的であったら、
患者を最もよく知っている家族や介護者からの情報やアドバイスに従っていたら、
患者個々のニーズにもっと応じる医療を行っていたら、
と悔やまれる事例もたくさんあった。

1例については
サービスの怠慢と管理運営の不備によって死が引き起こされたと結論した。

また別の1例では
提供されたケアと治療があそこまで水準を下回るものでなかったら
死は避けられたはずだと結論した。

他の2例については
サービスの怠慢と管理運営の不備についての苦情そのものは認められたものの
死が避けられたとまでは結論できなかった。

6事例のうち4つのケースにおいて、
知的障害に関係した理由によって
ケアと治療において通常よりも劣る扱いがあったとの苦情が支持された。

また6例のうち4例において
関連の公共団体が人権原則、とくに尊厳と平等の原則を
十分に尊重していないことが判明した。


背景

こうした調査結果は
最近制定されたNHS憲章の精神にも、
また2005年に保健省が発表した社会ケア理念
Independence, Well-being and Choice にも、
2006年1月の白書 Our Health, Our Care, Our Sayの
ビジョンやスタンダードにも反している。

また英国保健相は2009年1月に
Valuing People Now: a new three-year strategy for people with learning disabilities を
今後3年間の戦略として発表し、
2001年の戦略でうたわれた平等、尊厳、権利と包摂の理念を再確認したばかりでもある。

また2009年4月1日には新たな監督部署として
ケアの質コミッションが創設され、
2010年にはすべての医療・社会ケア提供者に対して新たな登録制度がスタートする。


人として尊重すること

個人的に特に目を引かれたのは以下の箇所で

Equality for people with disabilities does not mean treating them in the same way as everyone else. Sometimes alternative methods of making services available to them have to be found in order to achieve equality in the outcomes for them. The focus is on those outcomes.

Our investigations uncovered a lack of understanding of how to make reasonable adjustments in practice, which suggests there may be a need for further training on the practical implementation of the Disability Discrimination Act 1995.
(P.10)

障害者への平等とは単に障害のない人と同じ扱いをすることではなく、
アウトカムでの平等が達成できるだけのサービス提供を可能とすべく
Reasonable adjustment in practice が行われなければならんのだ、と。

このたび調査対象となった公共機関の多くでは、ここの理解が欠けている
もっとその点で研修を積む必要があるぞ、と。

(私はまだ不勉強で断片的に読みかじっただけですが、このあたりは
国連障害者条約の「合理的配慮」にも通じていくんじゃないのかな、と思ったり)

特に配慮すべき領域として、上げられているのは

・ コミュニケーション
・ パートナーとしての協働・協調
・ 家族・介護者との関係
・ ルーティーンの医療手順をきちんと踏むこと
・ マネジメントの質
・ アドボカシー


苦情への対応

これらの苦情はオンブズマンに持ち込まれる以前に
直接担当したNHSや地方福祉当局に対して申し立てられ、
医療コミッションにも申し立てられていたが
対応があまりにも誠実を欠き、不適切なものであったために、
家族は疲れ果て、無力感に打ちひしがれた。

自らに対する苦情申し立てに対して
理解しようとする姿勢がなく、
問題を整理しようと努力もせず、
システムは繋がりを欠いて、ばらばらで
エビデンスの検証もない調査はお粗末。
防衛的な説明で問題をごまかし、謝罪しようとしない。

このような苦情申し立てに対する不誠実な対応が
亡くなった人たちの家族の悲しみをさらに増幅させた。

しかるべき説明と謝罪を受けるために
これらの家族はこんなにも長く待ち、
こんなにも激しく戦わずともよかったはずである。

2009年4月1日から the Health and Social Care Act 2008により、
これまでより個別かつ包括的な苦情申し立てアプローチとなる。
ローカルな対応の次に医療コミッション、その次にオンブズマン
これまでの3層構造から医療コミッションが廃止され、
オンブズマンが医療と成人の社会ケアに対する苦情対応ついては第2層目の対応機関となる。

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特に最後のボックスの引用箇所は
医療過誤医療ネグレクトを体験して闘ってきた人にとっても闘えなかった人にとっても
「よくぞここまで言ってくださった」と涙が出るほど、ありがたい箇所だと思う。

日本でもあちこちの病院や施設での、こういう対応に
多くの障害当事者・家族・関係者が憤りに体を震わせながら
無力感・敗北感に打ちひしがれている。