「介護疲れ殺人」は増加傾向(日本)

月刊誌「介護保険情報」10月の「動静」欄(P.74)によると、
6月に開催された第50回日本老年医学会学術集会
シンポジウム「高齢者医療の現状と将来:介護の現場・医学・行政からのアプローチ」の中で、
東北大学病院老年科の大類孝氏が介護保険導入前後の「介護疲れ殺人」の現状を報告している。

その欄に紹介されているグラフが分かりやすいのだけれど、
出典元のthe Journal of American Geriatrics Societyで元論文にヒットできなかったので
大まかに言葉で説明すると、

1997年から2007年までの介護疲れ殺人件数のグラフは
最初の4年間が10数件で漸増、左に平坦な稜線の延びたM字型を描く。
2つのピークは2002年と2006年。

2002年のピークの後、2004年に一旦1997年水準まで下がった後で
20数件の2005年を経て、2006年には急増して30件を超える。
2007年もこの中では2番目の高さで30件。

介護保険制度は介護者の負担感を軽減するものにはなっていない」
「特に寝たきり状態や認知症の場合は、
患者自身の社会生活のみならず家族を始めとする介護者の生活をも脅かし、
時には家庭崩壊をも引き起こすような重篤な疾患であることを再認識すべきである」と
大類氏は訴えている。


専門家でもなんでもない spitzibara が
ごく常識的な生活感覚で考えてみれば、
このM字型というのは、

2000年に介護保険ができて徐々に社会に浸透することによって2003年、2004年には
実際に介護疲れ殺人の増加を一旦もとの水準まで下げることが出来ていたのに、
2005年の総選挙での自民党の圧勝、それを受けて勢いづいたコイズミ改革……と
弱者切捨てへと向かう世の中の空気の急速な冷え込みと、

もっと直接的には
社会保障費の削減目標を受けた2006年の介護保険制度の改正で
介護保険も給付抑制の方向に動いたことが
2005 、2006年と再び介護疲れ殺人が増加に転じた要因なのでは?

そういえば障害者自立支援法後期高齢者医療制度が相次いで決まって
私の周りでも人と人が顔を合わせれば
「貧乏人と年寄り、病人、障害者は死ねというのか!」と
激しい怒りの声が上がっていたのが、ちょうどその頃だった。

そういう統計があるのかどうか分からないけれど、
障害者自立支援法の成立以降、
親が障害のある子どもを殺して自分も死ぬ心中事件は
相当な数、見聞きしたように思うから、
誰かが障害児・者の介護者による殺人件数を大類氏のようにデータ化してくれたら
同じようなグラフが出てくるんじゃないだろうか。


        ――――――


福岡で発達障害のある子どもを母親が殺した事件から
「親が障害のある子どもを殺す」ことについて、
あちこちで議論が起こっていて、

あの事件を機に「親が殺した」「親が子どもを殺す」と
急に議論が起こっていることそのものに、ちょっと抵抗を感じることがあるのは

親が障害のある子どもを殺す事件なら
ここ数年、ずいぶん多発していると思うのだけど、
子どもを殺した後で親自身も自殺して「心中」ということになれば
世間もあまり「親が子を殺した」とは騒がずに、
なんとなく不問に付してしまうような空気があるんじゃないのかな、ということ。

親自身が死んでいようと生きていようと、
「親が子どもを殺した」という事実は変わらないはずなのに、
「連れて一緒に死ぬこと」はなんとなく許容されているのだとしたら、

そこでは「親が子どもを殺すこと」について
社会(世間か?)の側がダブルスタンダードを使い分けているのではないのかな、ということ。

そして、そのダブルスタンダード
障害児・者の親や高齢者の介護者を縛ったり追い詰めている
介護や子育てを巡る世間のダブルスタンダードとも
もしかしたら繋がっているのではないのかな、ということ。

(介護を巡る社会のダブルスタンダードについては次のエントリーで。)