日本でも「娘の胸小さくするか、成長止めたい」と

読売新聞の掲示板サイトに
大きすぎる娘の胸」というトピを立てた人があり、

この春に中学に上がる娘さんの胸があまりに大きいので
胸を小さくしたり、成長を止めることはできないのかな?って
 おもうのですが、手術以外の方法を誰か知りませんか?」と。

この場合、障害とは無関係な話なのですが、

「手術以外の方法を誰か」というからには
「手術すれば小さくできる」という前提もここにはちゃんとあるわけで、

何の抵抗もなく、するっとこういう発想が出てくることに
まず、ぎょっ……と。

日本でも体は「自由に選べるもの」という感覚が浸透しつつあるのでしょうか。
しかし、自分の体に自分の勝手で手を加えるのと
親が子どもの体に勝手に手を加えることはまた別物でしょう。

ここに見られる「親だから子どもの体に手を加えてもいい」との
あまりにも素朴な思い込みに、
ちょっと意表を突かれたような気分になる一方で、

案外に日本の文化の方が親と子を同一視しやすく、
それだけ「親だから」と垣根を越えてしまう危うさも大きいのかも……と思ったり。

しかし、このトピに寄せられたコメントは
母親が子どもの体を「厄介なもの」と捉えていては
娘さんが自分の体を「価値のないもの」としてしか見られなくなりますよ、
といったものをはじめ、
穏やかにたしなめるトーンが多く、
その他真面目にアドバイスしたり、
下着の工夫を一緒に考えているのは
なんだかほのぼのとします。

考えさせられたのは、
養鶏場で餌に混ぜられている成長ホルモンが鶏肉を介して人体に摂取されて
それが最近の子どもたちの体格のよさに繋がっているのではないかとのコメント。

「自分はサプリも薬物も断固摂らない」というポリシーの人でも、
食物を通じてどんな薬物を体内に摂り込んでいるか分かったものじゃない
……という時代なのですね、結局。