Gunther自殺報道の怪

Ashleyに行われた医療処置に関する問題では、どうもメディアの報道に不可思議な点が目に付くのですが、

Gunther医師の自殺を巡っても、

①なぜ10日間も報道されなかったのか。

Gunther医師が自殺したのは9月30日のこと。

ところがそれを地元の新聞 the Seattle Post-Intelligencer と the Seattle Times が報じたのは10月10日。今のところ私はこれが第一報だったと考えています。(これ以前の報道をご存知の方があったら、ご教示ください。)

なぜ10日間もニュースにならなかったのか、という疑問の声はどこからも上がらず、いまだに説明されていません。

しかし上記2つの新聞社がGunther医師の死を知っていたと思われる記事があるのです。

The Seattle Post-Intelligencerのキング郡9月の死亡者リストKing County Deaths (毎月まとめて一覧にしているものと思われます)の中にGunther医師の名前が含まれていました。このリストには名前と年齢、居住エリア、死亡日のみで、死因は載せられませんが、10月9日付の記事です。

日付で言えばたった1日だけのズレですが、記事の性格上、それ以前から知っていた可能性も否定できません。少なくとも記事になって報じられるより前にGunther医師の死は発表されていたし、新聞社もその事実を知っていた、知りながらニュースにするのを控えていたと言えるのではないでしょうか。

検死官局が自殺だと断定したのが、この死亡記事の翌日10日です。恐らく無関係ではないでしょう。そういえば the Seattle Post-Intelligencerの10日の記事のタイトルには、「自殺と断定」という文言が使われていましたっけ。

新聞に報道を控えさせた事情とは何だったのか……?
 

②病院が何も発表していないのに、なぜthe Seattle Times には早々と弟と同僚が出てきたのか。

the Seattle timesの11日の記事では自殺の原因について関係者のコメントが掲載され、記事全体としてAshley事件との関連を否定するものとなっています。

The Seattle Timesに登場する関係者とは、Gunther医師の弟と、Ashleyのケースを共に担当し論文も共同執筆したDiekema医師の2人。それぞれ「前から抑うつ状態になることがあった。自殺はアシュリーの問題とは無関係」、「アシュリーのことでは激励も嫌がらせもあったが、それで落ち込むよりも元気をもらっていた」とコメントし、自殺とこの問題との関連を否定しているわけです。

病院は何も発表していないのに、関係者がメディアにしゃべる。しかもDeikema医師はAshleyのケースに関しては病院の広報担当者のような存在──。

まさか、あれだけの事件で注目を浴び、違法性を認める記者会見を行うや、すぐさま世界中が注視する中でシンポまで開いた病院が、何の対応も考えずに医師の身内や職員に勝手にメディアと接触させておくとは思えません。Deikema医師はその後のAP通信の取材申し込みには返事を返していないのです。

これらは、担当医自殺という緊急事態にシアトル子ども病院が立てた危機管理戦略だったのではないでしょうか。「病院側は公式にはコメントしない。その代わりGunther医師の身内とDiekema医師のコメントをthe Seattle Timesに掲載してもらおう」と? 

そして、ここで見落としてはならない事実は、病院側が情報をリークした相手が、またしても、あのthe Seattle Timesだったということ。(くわしくは「シアトル・タイムズの不思議」の書庫を。)


③その後の報道は、なぜthe Seattle Timesの焼き直しばかりなのか。

1月11日以降、多くのメディアがGuntherの自殺を報じています。しかし奇妙なことに、Art Caplanのコメントを載せたMSNBC(11日付)以外は、だいたいどこもAPの配信ニュースを使っているのです。

しかも、AP配信ニュースの内容とは(これもまた不思議なのですが)、11日のthe Seattle Times記事の要約版みたいなもの。the Seattle Times での弟と Diekema医師のコメントをそのまま引っ張っています。

結果的に、「Gunther自殺はアシュリー事件とは無関係」というthe Seattle Timesの(病院側の作為を含む可能性のある)情報が垂れ流され続けたことになりました。

もちろん担当医の自殺は続報に過ぎず、次々にインパクトの強い話題を追いかけて興味が移ろうメディアにとって、自社で独自に追わなければならないほど大したニュースではなかったのでしょう。

しかし、結果的に、病院側の意図で色づけられた情報が繰り返し流されることで、繰り返されるたびに少しずつ2人の証言が「客観的な事実」の顔つきをまとっていった可能性はないでしょうか。

まるで情報のマネー・ローンダリングのように。

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”アシュリー療法”論争の始まりから、ずっと不思議でならないことのひとつ。

どうして、こんなに多くの人がこんなにも素直に、報道されていることがそのまま事実であると信じることができるのだろう?

その内容は、こんなにも矛盾だらけだというのに?