「ガンで死が差し迫った段階を“診断”するツールは未だ存在しない」として、そこで起こる現象の整理を試みた調査

16日の補遺のトップに拾った論文を
kar*_*n28さんがゲット・シェアしてくださったので、読んでみた。

(ただ使用されているDelphiテクニックなるものがさっぱりわからず
メソッドの個所に書かれた詳細はパスしたため、理解できたのは概要のみです)

論文タイトルは
International palliative care experts’ view on phenomena indicating the last hours and days of life
Supportive Care in Cancer
June 2013, Volume 21, Issue 6, pp1509-1517

著者はスイス、ドイツ、NZ、イタリア、アルゼンチン、
英国、スウェーデンスロベニア、オランダの研究者13人。


まず、この調査の背景として書かれていることの中に
興味深い指摘がいくつかあるので拾っておくと、

・がん患者への無益な治療がQOLを下げている問題が広く注目されるにつれて
 死を予測するファクターに興味が集まってはいるものの、

……no valid tool has yet been developed to recognize the dying phase in a cancer disease trajectory.
がんの領域では、死のプロセスが始まった段階をそれと知るための有効なツールは今なお開発されていない。

・Palliative Prognostic Score(Pap)とPalliative Prognostic Indexは
終末期のがん患者の生存を正確に予測するための指標ではあるが、
死があと数日または数時間に差し迫った段階を知るためのツールではない。

リヴァプール・ケア・パスウェイ(LCP)は
死が差し迫った患者へのLCPの適用基準の枠組みを示してはいるものの
その枠組みに厳密な科学的エビデンスがあるわけではない。



・そこで、死が数日後、数時間後に差し迫った段階の患者に適切なケアを提供するためには、

…… tools to diagnose dying must be developed for clinical use.
臨床で死のプロセスが始まった段階を診断するためのツールが開発されなければならない。

として、
死が数日または数時間後に差し迫った段階を知るために
その段階で起きる現象について、専門家の間でのコンセンサスを元に整理することがこの調査の目的。

この調査では「死のプロセスが始まった段階(dying phase)」を「死の直前7日間」と定義。

調査では、

① 医療専門職、ボランティア、一般人252人へのアンケートで
194種の現象と気付きや観察を出してもらった。

② その中から専門家のコンセンサスが80%以上得られた58種の現象を抽出し、
9つのカテゴリーに分類した。

③ その58の現象を緩和ケアの専門家78人(医師、看護師と
心理・社会・スピリチュアル支援の専門家)が
患者が数時間/日以内に死亡することを臨床的に予測できるかという視点で
ランク付けし、50%以上が「非常に適している」とみなしたのは21の現象。

最終的に以下の7つのカテゴリーに整理した。

・呼吸状態(breathing)
・全身状態の悪化 (general deterioration)
・意識/認知状態 (consciousness/cognition)
・肌の状態 (skin)
・水分、食物その他の摂取状況 (intake of fluid, food, others)
・情緒の状態 (emotional state)
・その他 (non-observation/expressed opinions/others)

現象は各カテゴリーに3つずつ。
これらのカテゴリーに変化が見られることが
臨床家が死のプロセスが始まった段階を見極めるのに最も適した指標、と
調査からは結論されるが

アンケートの回答の中には
問いの文言の曖昧さや特定の現象を著わす文言への誤解から回答を拒否したものや
また含めるべき現象が漏れているとの指摘もあり、

緩和ケアの専門家のカンも決して無視できず、
理論と経験が相互に補完していることを考慮した理論構築が必要となるなど、

今後、臨床で使えるものとするためには、
これらの現象についてさらに研究し、明確にしていく必要がある。
この調査結果は、その端緒とすべきものである。

なお、この調査のいくつかの限界の他にも
以下の2点が重要な問題として指摘されている。

① 死のプロセスで起こることの段階や現象について共通の定義は存在しないが、
言い伝えられてきたことと実際に観察可能な現象があいまって
アプローチが今後さらに高度化されたとしても、
死が差し迫った段階を詳細に「診断」することは不可能なままに留まる可能性がある。

② 死のプロセスが正確に診断されるようになることが
実際に具体的なメリットをもたらすとのエビデンスは未だに示されていない。

一方、エビデンスが出てきているのは、
コミュニケーションを改善することの重要性である。

Clear and compassionate communication focused on the individual needs of patients and families can help to deliver high quality care at the end of life.
終末期の良質なケアを提供するためには、患者と家族個々のニーズを重視した明瞭で思いやりに満ちたコミュニケーションが必要である。


【23日追記】

某MLで神戸の緩和ケア医、新城拓也先生からご解説をいただきましたので、
エントリー段階ではよく分からないまま放置した点について、補足。

・この調査は、
EU 第7 のフレームワークプログラムによって融資された
OPCARE9と呼ばれる最近完了された3 年の国際的なプロジェクトの成果の一環。

緩和医療については米国よりもヨーロッパで国際的な連携で研究が行われている。
・それ以上に最近成果を上げているのはオーストラリアの D. Currow教授のグループ。


Delphiテクニックとは、早く言えば多数決のこと。
 話し合いの中でその問題を取り上げることの妥当性(relevanceのことだと推測)を
0―9のスコアで付けることによって、平均点が例えば7以上ならOK,
それ以下なら話しあうか、それ以上話しあっても合意できないとして却下する、
といった方法。

・この研究では Cycle3まであることから、
つまりは、そうして3回ふるいにかけた、という意味。

・この研究で面白い点として新城医師が挙げておられるのは
「医療職の直感、家族の直感を項目として検討したことです。
本人の予感も助けになることもあります」