小児の脳死判定、全項目を満たしていたのは142人のうち、たった1人(米国)

2008年に米国小児科学会誌に発表された
重要な論文を発見。

Loma Linda大学の研究者らが
脳死は定義も適用も難しい概念であるため
小児の脳死判定と記録には大きなバラつきがあるとの仮説を立てて検証した、というもの。

2000年から2004年にカリフォルニア州南部で
臨床的神経基準を用いて脳死と診断されて地元の臓器バンクに連絡が行った子どもたち277人のうち、
臓器ドナーとなったのは142人(51.2%)。

これら142人には死亡時までの完全なカルテがあるため、
それらを1987年の小児の脳死判定14項目について調査したところ、


年齢は
生後1週間       1患者
生後1週間から2カ月  6患者
生後2カ月から1年   22患者
1歳が        113患者

年齢に応じて一定の間隔をあけ2回の脳死判定検査が推奨されているが、判定回数は
0回        4患者
2回       122患者
3回        14患者
4回        2患者

年齢に応じて少なくとも48時間、24時間、12時間とされる判定の間の推奨間隔については、
1987年基準が守られていたのは1歳以上の18.5%のみで、
1歳未満では推奨の間隔が守られていたケースはゼロだった。
最短10分間隔・中央値1.6時間で2回目検査

14項目のすべてを満たす判定が行われていたのは1人のみ

14項目のうち神経科医と小児集中医療専門医が満たしていた中間値は5.5項目。
神経外科医が満たしていた中間値は5.8項目に留まった。

60%で無呼吸テストが記録されておらず、
半数以上で動脈血二酸化炭素分圧(PaCO2)の上昇が不十分だった。
(日本の基準では自発呼吸の不可逆的停止が確認されるためには60mmHg以上であることの確認が必要

第一回の判定では57人(40%)で行われた記録があるが、そのうち
最終的な動脈血二酸化炭素分圧(PaCO2)が60mmHgを上回ったと記録されていたのは65%のみ。

第2回目の判定では61人(43%)に行われて、
そのうち57%で最終的な動脈血二酸化炭素分圧が60mmHgを上回った。
全体的に、無呼吸テストが最善の形で行われなかったケースでの最終PaCOは
40mmHgから58mmHgの間だった。

確認テストとして脳血流検査が行われたのが112人のうち83人(74%)で、
脳波測定のみのケースは112人のうち29人(26%)。
(いずれも行われた患者が6人いるので、この個所ちょっとデータの整合性が?)

著者らの結論は以下。

Children suffering brain death are cared for in various locations by a diverse group of specialists. Clinical practice varies greatly from established guidelines, and documentation is incomplete for most patients. Physicians rely on cerebral blood flow measurements more than electroencephalography for confirmatory testing. Codifying clinical and testing criteria into a checklist could lend uniformity and enhance the quality and rigor of this crucial determination.


臨床で行われている脳死判定はガイドラインと大きくかけ離れており、
ほとんどの患者で記録も不完全なものにとどまっている……。



ちなみに、私がこの論文について知って、探してみようと思ったきっかけは
以下のNYTの記事なのですが、

When Does Death Start?
NYT, December 20, 2009


書いたのはマサチューセッツ医科大学の小児心臓科長、Darshak Sanghavi医師。

Amandaという少女が事故で脳に重大な損傷を負い、
もう助からないなら、と両親が生命維持の停止と臓器提供を決心し
心臓死後臓器提供DCDのプロトコルによって手術室で人工呼吸器を外したところ、
Amandaはなかなか死ななかったために、臓器が提供できなかっただけでなく、
両親が非常につらい思いをして「いっそ、このまま採ってくれ」と言った
というエピソードを紹介して、

臓器不足のために死んでいく患者を救うためにも、
臓器提供の希望がある人が苦しまないためにも、
こういうケースでは全身麻酔をかけて摘出してもよいことに、と
暗に主張する文章。

Savulescuらが10年に論文を書いて
「臓器提供安楽死」と称して提案したことは、
それ以前から既にこうして言われていたわけですね……。

ちょっと愕然……。

で、Sanghavi医師は、
上記のLoma Linda大の論文を簡単に紹介し、
さらに「脳スキャンのやり方が適切ではなかった」ことによる脳死の誤診事例として
有名なザック・ダンラップのケースにも触れて、

その後で以下のように書いています。

Such sloppiness is potentially tragic, but it is also exceedingly rare. Whether or not a checklist is followed, by the time a neurologist is consulted to assess a critically ill patient for brain death, the odds of recovery are already minuscule. Doctors see that these patients have begun dying and the uncertainty is not about whether it will happen but when.

このようないいかげんな判定には悲劇を招く可能性があるが、しかし極めて稀でもある。チェックリストがきちんと守られようと守られまいと、重症患者の脳死判定が神経内科医に依頼される段階では、回復の可能性はすでに極めて小さい。医師にはこれらの患者は既に死のプロセスが始まっていることが分かるし、そこで不確実なのは死ぬかどうかではなく、いつ死ぬかでしかない。


いや、でも、
上記論文の結果を前に「極めて稀」と言われても……。

それに、この数行で書かれていることって
「どうせ死ぬんだからチェックリストも基準も要らない」
「どうせ回復の見込みなんかないんだから脳死になっていようといまいと関係ない」
「稀に悲劇が起こるかもしれないけど、そんなの構わない」と
「どうせ」が手放しで全開にされているだけでは?

そして、それは
「科学的な姿勢」でも「科学的な思考」でも全然ない……んでは――?


【12日追記】
詳しい方からご教示いただいたので。

無呼吸テストのPaCO2値に関しては
119.6mmHgで呼吸をした患者も報告されており
閾値の設定については論争があるそうです。↓