お茶

ウチの娘は強情だ。

飲み物にしろ食べ物にしろ、
「要らない」と言ったら絶対に口を開けない。
断固、ゼッタイに拒絶する。

でも、親としては、
どうしても、お茶だけは飲んでほしい時がある。

熱を出している時の水分補給はもちろんだけど、
夕食後の抗けいれん薬を飲んだ後なんかにも、
歯磨きをする前にお茶を飲んで口の中の薬を流してほしい。

ミュウは、わずかにとろみをつけたお茶を
幼児用のマグマグ(ストロー・タイプ)で飲む。

ついでながら、恐ろしく長い時間をかけて飲む。

長い時間じっとマグマグと娘の頭を支えて耐える能力が母親は乏しいので、
万事において忍耐力と寛容が妻よりも勝る父親が担当してくれる。

すぐにネを上げる母親にはミュウも信頼が持てないらしく、
「今日はお母さんと飲もう!」などとマグマグを持って行くと
「おとーさーん、おかーさんがあんなことを言ってるぅ」と目で父親に助けを求める。

しかし、傍目には分かりにくくても、
ミュウにお茶を飲ませるのがいかにしんどい仕事かは知っていて
日ごろから申し訳なく感じているだけに、

「いやだ、いらない」と拒絶を続ける娘に父親が手を焼いていたりすると、
母親としては、せめてもの援軍として駆けつけることにしている。
そして、「ミュウ、ほら、ほんのちょっとだけでいいから。
ね、一口だけ、飲も、ね、ね」などと、2人がかりで、なだめすかす。

たま~に、2人がかりの懇願口調に何を思うのか、
「まぁ、そうまで言うんだったら……」という顔で
ストローをしぶしぶ口に受け入れてくれることがある。

で、そういう時、
こいつは本当に「一口だけ」ちゅっと吸ってみせると、ストローを吐き出すんである。

あとは脅そうがすかそうが、2度と口をあけない。
「一口というから一口だけ飲んでやったぞ」と澄ましている。

だから、私は
この子は「1」だけは分かっている、と前からずっと思っている。

「ひとつ」vs「たくさん」または「すこし」vs「たくさん」という
分かり方をしているのかもしれない、と思ったりもする。

で、この週末――。

例によって、夕食後の薬を飲んだ後でミュウがお茶を拒否。
夕食の片づけものを放って父親の救援に駆け付けた母は、
なんてことない思いつきで、娘に言ってみた。

「ミュウさん。じゃぁ、こうしよう。5口だけ。(ここで手をかざし、1つずつ指を折って見せながら)
ちゅ、ごっくん。ちゅ、ごっくん。ちゅ、ごっくん。ちゅ、ごっくん。ちゅ、ごっくん。
これだけでいいよ。5口だけ。それで手を打とう。どう?」

すると、いつもと違う戦略に心が動いたか、
ミュウはしぶしぶながら、まれに見る素直さでストローを口に含んだ。

ちゅ、と一口。……ごっくん。
「はい、いちー」(指を折る)

ちゅ、ごっくん。
「にー」(指を折る)

ちゅ、ごっくん。
「……」

……ちゅ……? 困惑し、横目で母親をチラっと見る。

(えへへ……あんまり素直に飲んでくれるもんだからさ、つい……)
「さんー」

ちゅ……ちゅ……ちゅ……横目が「あれぇ?」と言う。
「よーん」

ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ……目が「こらぁ」と言う。
「ごー」

その瞬間、ミュウはストローを口から出した。

その瞬間、私は確信したね。この子は「1」だけじゃない……。
でも、「1」だけ、だろうと、「5」も、だろうと、まぁ、そんなのは、どうだっていい。

我が家には、時々こういう、なんだかうまく説明できないけど、
「おとーさん、今の、見た?」「うん。見た、見た!」的な出来事が起こる。

たった今、あたしたち、ちょっとすごいものを見たよね!
夫婦とも、そんなハレの気分になるような。

23になった娘は、そんな両親を
「あほくさ……」と眺めているのかもしれないけど、

ミュウさん、未だに新しいあんたを発見できる瞬間が、
父と母には、他では絶対に得られない、極上の娯楽なのだよ。

だって、ねー、おとーさん、ウチの子、えらいよねー。すごいよねー。ねー。うふ、ふ。