介護者支援シリーズ 2: 英国の介護者週間

以下は2007年8月号の「介護保険情報」誌の
連載「世界の介護と医療の情報を読む」に書いた
「英国介護者週間」についての文章です。


英国 介護者週間2007

6月号の当欄で触れた英国の「介護者週間2007」が6月11日から17日に行われた。関連の主要な動きについて紹介する。

介護者調査の結果発表

 まず「介護者週間2007」のスタートに当たって、年に一度この時期に「介護者週間」が恒例として行う介護者調査の結果が発表された。3500人以上を 対象に、英国でこれまでに行われた最大規模のものとなった今年の調査では、介護が介護者の生活に以下のような悪影響を及ぼしていることが明らかになった。

 ① 多くの介護者が精神的にも肉体的にもパートナーとの関係が変わったと述べ、これが介護における最も大きな困難の1つとなっている。

 ② 3分の2以上の介護者において、仕事に集中できない、研修や昇進の機会を逃すなどの理由により、経済事情が悪化。そのうちの28%は家族を養うにも事欠くほど困窮している。

 ③ 多くの介護者が介護者役割によりアイデンティティの喪失を訴えている。

 ④ 過去1年間定期的な介護者役割からの休息が得られていないとする人が4分の3に及ぶ。その中の38%は過去1年間に1日たりとも介護から開放されたことがないという。

例えば介護のために失業し、それがパートナーとの関係や介護者の精神状態に響き、経済状態がさらに悪くなるなど、これらの問題が複合的に絡み合って悪循環を生んでいる、と調査は指摘している。

地方紙が介護者の声を特集

 このような厳しい生活を送る介護者たちが「介護者週間」の前後には多くの地方紙で特集として取り上げられ、様々な立場で介護を担う人たちが率直に体験や思いを語った。

 パーキンソン病の夫を介護しているBrenda McFallさんは、子育てとも老親介護とも違う夫婦介護特有の苦しさを「夫は私の方が頼るはずの人だったから」という言葉で表現する。(Belfast Telegraph 6月12日)。

 離婚してフルタイムで働きながらレット症候群で全介助の娘を介護しているAnne MacLeodさんは、介護サービスに恵まれて現在はやりくりが付いているが、自分の退職後はサービスがどうなるか不安。また、常に自分に何かあったら娘 はどうなるのかとの心配にもつきまとわれている。自分が退職し娘が20代半ばになる頃までに居住型の施設を見つけたいが、自治体の資金難により難しそう だ。70代、80代で障害のある我が子のケアをしながら、さらにアルツハイマーの親の介護も担っている人もいる。それぞれ事情が違い「これが典型的な介護 者」というものは存在しない。Anneさんは「介護者役割からは退職もできない」と語り、個々の状況に応じた支援の必要を訴える。(Scotland on Sunday6月10日)。

政府が介護者の声を募集

 6月19日、ケア・サービス大臣Ivan Lewis氏は、「介護者のためのニュー・ディール」の一環として政府が検討している1999年の「全国介護者戦略」の見直しに向けて、介護者から具体的 な意見や提案を募る新たなキャンペーン「介護者のためのニューディール ? your voice couts (あなたの声が変える)」を発表した。保健省のウェブ・サイト内のキャンペーン・サイトには「アイディアの木」があり、介護者らが書き込む意見はそれぞれ が1枚の葉となる。葉をクリックすると意見を読んだり、その意見に投票することができる仕組み。サイトは9月半ばまで公開される予定。

 またその期間中、各地域の介護者センターを中心に、政府の資金援助を受けたチャリティが協力して介護者の声を直接くみ上げる催しも行われる。Ivan Lewis ケア・サービス大臣は「介護者週間」のインタビューに対して、「全国介護者戦略」の見直しは保健省のみならず政府のすべての省が関与して行われるものだと 語っている。(Medical News Today 6月20日など)

 同じく6月19日には「介護者週間」の代表者らが首相官邸隣のダウニング街11番地で次期首相(当時)のGordon Brown氏と面会。氏は今後広く介護者支援を検討するとの見解を2月に発表した財務大臣でもある。自らも若い日のスポーツで片目の視力を失うという体験 を持つBrown氏は、介護者ニーズへの理解と支援を求めた代表者らに対して、政府はもっと介護者の声に耳を傾け介護者から学ぶ努力をすべきだと答えた。

EUにも介護者支援組織

さらにCare and Health というニュース・サイトによると、6月12日、英国の介護者支援チャリティCaresUKの主導により、EUでも介護者支援団体Eurocarers ? European Association Working for Carers が立ち上げられた。9カ国から15団体が加盟。公式サイトによると、Eurocarersは次の10の指針を挙げ、これらに基づいて私的に無償で介護を担 う介護者への支援を行うとしている。

①認知、②社会参加、③機会均等、④選択、⑤情報、⑥支援、⑦レスパイト、⑧介護と雇用の両立、⑨健康増進と保護、⑩経済的安定。

若年介護者支援にも動き

 英国には現在、病気や障害を持つ親族の介護を担う子どもたちが175000人いると言われる。半数は8歳から15歳。中には5歳の子どももいる。子ども らしい生活は送れず、学校にも満足に通えない子もいるが、ソーシャルサービスに引き離されることを恐れて子どもが介護している事実を親も子も隠すため、周 囲の理解や支援が得られにくい。教師に誤解されたり、いじめにも会いやすく、子どもたちは介護負担と孤立の中で苦しんでいる。若年介護者を支援する組織や ウェブ・サイトが近年急増しているところであり、6月号で紹介したKeeley議員提出の新しい介護者法案にも、若年介護者への支援は大きな柱として盛り 込まれている。

 「介護者週間」には、若年介護者の支援でも大きな動きが見られた。YoungCarersNetというサイトを通じて若年介護者支支援活動を行っている 介護者支援チャリティthe Princess Royal Trust For Carersは、Daily Express紙と共同で6月18日に「若年介護者ライフライン・アピール」と銘打った啓発キャンペーンをスタート。それを機に同団体の創設者であるアン 王女は同紙の記者をバッキンガム宮殿に招いて若年介護者の窮状を語り、支援の必要を訴えた。

 また北アイルランドでは、宝くじ基金からの資金援助を受け、医師会と介護者支援チャリティCrossroads Caring for Carers が合同で「若年介護者プロジェクト」を開始。介護を担っている子どもたちが参加できる活動をCrossroadsが企画し、同じような仲間と接する機会や レスパイトを提供する。(Medical News Today 6月22日。)

若年介護者については、近年の英国の動きを受けて米国でも米国介護連合NACが2003年に初の若年介護者全国調査を実施。05年にまとめられた詳細な報 告によると、米国でも8歳から18歳の若年介護者が130万人程度おり、未支援のまま重い介護負担に苦しんでいると見られる。NACの報告書は、英・豪・ NZなど若年介護者支援先進国の施策に学び、早急に支援を整備すべきだと締めくくっている。

日本で「若年介護者」という言葉すら聞かないのは、わが国には介護者役割を担う子どもが存在しないからなのだろうか……?