更年期は、ビッグ・ファーマの提供でお送りしました……

過去7年間に、いわゆる“更年期のホルモン代替療法”で乳がんになったとして
当該ホルモン剤発売元のWyeth社(去年Pfizerが吸収合併)を訴えた人は13000人に上る。

この7月、NY Times と Public Library of ScienceというNPOとが
それらの訴訟文書の公開を求めて、認められ、

それら訴訟の文書から、
Wyeth社がホルモン療法大流行の陰で
影響力の大きな医師や医療界の大物、雑誌や講座・広告に大金をつぎ込んで
医師や患者にメリットの情報ばかりを流し続け、
発がんリスクから人々の目をそらせることに
やっきになってきた様子が明らかになっている。

Premarinと子宮がんの関連については1970年代に、
PREMPRO(PremarinとProgestinの合成薬)と乳がんの関連については1990年代に指摘されていたが、

例えば、1996年にWyeth者の社員は乳がんリスクを指摘した論文に対して
Dismiss/distract とメモに書いている。「無視せよ。注意を逸らせるように」。

ホルモン療法の歴史を振り返ると、
まず多くの医師がわっと熱心に処方するようになり、そのうちポツポツと
リスクを指摘する声が上がり始めて、売れ行きが鈍っていく。
すると、またぞろ組成を変えたホルモン剤を使う医師が登場する……
という繰り返しだったとNYTは書いている。

確かに訴訟文書から歴史を振り返るこの記事を読むと、
70年代にヒット、子宮がんリスクが指摘されて下火に。
90年代にまたヒット。今度は乳がんリスクが指摘されて下火に。
そして、今また3匹目のドジョウを狙うキャンペーンが……?

Menopause, as Brought to You by Big Pharma
The NYT, December 13, 2009


これまでの流れを記事からまとめてみると、

70年代中期にはNEJMの2本の論文によって
ホルモン療法は子宮がんの発生率を少なくとも5倍にすると報告されていたが

1975年にFDAの委員会がPremarinと子宮がんの関連性を結論付けた際には
Wyeth社はこの懸念を打ち消そうとする手紙を医師らに送り、FDAを激怒させた。
翌76年にWyeth社はPremarinのラベルに最高レベルのブラックボックス警告を添付。

しかし裁判の文書によると、その後もWyeth社は
Premarinの子宮がん発ガンリスクについては研究していない。

71年から75年だけで米国でホルモン療法が原因で子宮がんになった人は15000人。
米国における「医師の治療によって引き起こされた最悪のエピデミック」の1つという人も。

そこで90年代にホルモン療法が再度売り込まれる時には
新しいコンビネーションのPremproに生まれ変わり、
今度のコンセプトは「ホルモン剤は心臓を守る」だった。

更年期で女性ホルモンが失われると心臓麻痺が起こりやすい、
アルツハイマーになり視力も低下する、骨粗しょう症にもなる、
だから、ホルモン剤で失われたホルモンを“代替”しましょう……とのメッセージが
テレビコマーシャルから盛大に流れた。

ここでもWyeth社は巨額のゼニを影響力のある医師や団体にばら撒き、
既に乳がんリスクが指摘されていたにもかかわらず、
心臓病などの予防効果利益の方が上回るとの見解を流し続けた。

(「少々の副作用リスクがあったとしても病気予防利益が上回る」という理屈は、
現在、あっちでもこっちでも言われている”予防医学”に引き継がれているのでは……?)

例えば2002年から2006年までWisconsin大学での教育プログラム(製薬会社の情報提供)では
NIHなどのリスク研究は女性のQOLという視点を落としている、と主張していたし、

製薬会社が共同出資しているゴースト・ライティング企業DesignWriteに
10年間で少なくとも60本の医学雑誌掲載用の論文を用意させている。

内容的には、ホルモン代替療法には
心臓病やアルツハイマー、糖尿や大腸がんの予防効果があるとするもので、

97年のDesignWrite社の起案書には
「ホルモン代替療法の多くの利益について医師らを啓発し」
エストロゲンと癌の関係についての否定的な認識を減じる」とある。

しかし現在エストロゲンのラベルに警告されているように
ホルモンの方にこそ、心臓麻痺、脳卒中乳がん血栓のリスクがあった。

更年期にはホルモンが失われるから補充しなければ危ないというマーケティング・メッセージは、
ずっと補充しなければならないと思わせるが、そんなエビデンスはない。
NIHは2002年に発がん性を確認した大規模な調査(乳がんの発症例が多く、実験が中止された)以降
「ホルモン代替療法」ではなく「更年期ホルモン療法」と称することを決めた。

(2002年にFDAがホルモン代替療法を否定した日本語ニュースはこちらに)

2003年には、心臓病予防の目的で使ってはならないとPremproのラベルにブラックボックス警告がついた。

その後、更年期症状が重い人にのみ、少量で短期間に、というのが主流となり、
「いつまでも健康で美しくあるために、ホルモン療法を」という流れは消えた。

しかしNYTが指摘しているホルモン療法の歴史は、またも繰り返されており、

ある医師が
「データがないところを狙って、売り込みがかけられるのです」というように
今は少量ホルモン療法が盛んに売り込まれている。

売り込まれるホルモンも衣替えして
今度は、個々の患者さんにオーダーメイドのbio-identical ホルモン。

このホルモンの安全性も効果も未だに研究されていないし
FDAもまだ認可していないが、

Suzanne Somersという女優が広告塔となって何冊も本を書き、
更年期の嫌な症状を、このbio-identical ホルモンで撃退して
「いつまでも女性で」と呼びかけている。

いわく、
Hormons are the juice of life.
ホルモン剤はいのちの源よ」。

ちなみに、このNYTの記事のタイトルは
「更年期、ビッグ・ファーマの提供でお送りしました……仕様で」


Wyeth社のゴースト・ライティングについてはNYTが今年8月にも記事にしており、
それについてのエントリーは、


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ちなみに私は、開始ははっきり記憶にないのだけれど、
2002年よりも後に、まだエストロゲンプレマリンのホルモン代替療法を受けていた。

豪華レディス・クリニックのポピュリズムのエントリーで書いた、
「実はとっくの昔にやめてもよかったものだった」治療というのが
そのホルモン代替療法だった。

このエントリーを書くに当たって、
そのクリニックのサイトを覗いてみたら、
閉経後には「異常な老化」が起こるので
更年期特有の症状があったら相談するように、と書いてあった。