「患者の医療記録に研究者のマル秘アクセス認めようよ」とLancet

11月18日のエントリーNHSの患者データから研究者が治験参加者を一本釣り?
紹介しましたが、

英国政府が科学者らにNHSの患者データへのアクセスを解放して
治験の対象となる患者を把握しやすくしようとの目論みに対して、
医療と福祉の情報管理監視団体の長Harry Cayton氏が
法的根拠も曖昧で、プライバシー・守秘義務・患者の自己決定の点から倫理的に認められないと
批判の声を上げています。

これに対して、29日に
英国の科学誌the Lancetがエディトリアルで反論。

Sharing patients’ records to boost medical research
The Lancet, Volume 372, Issue 9653, Page 1856, November, 2008
(ここで読めるのは最初の数行ですが、無料登録をすれば全文が読めます)


ところが、この反論の論拠ときたら、なんとも、ふにゃふにゃで……。

でも、そのふにゃふにゃの論旨の中に、
「だって研究の成果が出れば患者だって恩恵を被るんだから
患者のプライバシーなんて、取るに足りない些事じゃん」というホンネが
ありありと滲んでいるからコワイ。

ざっとまとめると、

17日のGuardianの第一面にこの計画へのCayton氏の批判がデカデカと載ったが、

研究者がGP(家庭医)に連絡を取って
治験の対象となりそうな患者を教えてもらう現行では
大変な時間がかかる上にGPへの負担も大きいし
さらに治験の対象患者を見落としてしまうことも多い。

しかし、この計画が実現されれば
英国の研究者が5000万人のNHS患者の記録にマル秘でアクセスできる。

その利益たるや大きなものだし、
それだけ基礎研究の臨床応用もスピードアップして
結局は患者の利益になるではないか。

もちろんCaytonが言うように
患者のプライバシーと自己決定は重視しなければならないが、
国民の望むところを彼は勝手に推し量っているだけではないか。

2006年の医学会の報告では
医療記録の研究利用に対して国民がどのように捉えているかについては
ほとんどエビデンスはないとされている。
今回の計画についてのコンサルテーション(パブリックコメント)も9月に始まって
まだ結果が報告されていない。

医学研究への寄付金額が何らかの目安になるとすれば
英国民は研究を支持していると見てもいいのではないか。
患者への調査でも治験の情報や参加する方法について知りたがっている人は多い。

患者のプライバシーにどこで線を引くかについて
国民の間で議論が必要だというCaytonの指摘は正しいが、
政府の計画を「倫理的に受け入れられない」とまで言うのは間違っている。

現在の治療水準を上げるばかりか
将来の水準を上げるのに不可欠な知見を得ることのできる研究に
患者が参加できないままである現状のほうが
よっほど「受け入れられない」。


──これ、はっきり言って、屁理屈では???

もともとCayton氏が言っているのは
患者のプライバシーの“リミット”を議論しようなんて話ではなく、
「研究成果をあげるため」という目的は
同意原則や守秘義務を無視する正当な理由にはならないと
もっと原則的な指摘をしているのであり。

Lancetの言い分には
「患者も研究が進むのを望んでいる」という調査結果など
どこかから”いかにも”な数字が引っ張り出されてきそうな気配も匂っているし、

そうでなくとも、利権を当て込んで提供される研究資金を
「英国民が研究を支持している証拠」などと強引に解釈するなら
もう、なんだって言えてしまうわけですが、

仮に国民が医学研究を支持しているとしても、
ここで問題になっているのは医学研究そのものの是非ではなく
研究目的なら研究者に個人の医療情報をフリーアクセスにしてもいいかどうかという手段の是非。

目的への国民の支持をいくら数字で証明しても、
ここで問題になっている手段がそれで正当化されるわけではないでしょう。

もしも、こんなワケの分からない屁理屈がまかり通ったら、
マクロで患者に利益があることならば、
ミクロで患者に何をしたっていいということになってしまいます。


それにしても、
こういうエディトリアルを読むと、どうしても考えてしまうのは
世界中の保健医療施策を市場のコスト・パフォーマンス原理で見直そうとしている
ゲイツ財団、IHMEとLancet誌の繋がり──。