Diekema医師がMD州ワクチン拒否事件で論文

前のエントリーで紹介したメリーランド州の親によるワクチン接種拒否事件について
Journal of Public Health Management and Practice誌の最近号で
Ashley事件の担当医であったDiekema医師が論文を発表しています。

この事件で起きた州権力行使への反発を機に、
「個人の自由」と「公衆衛生」とのバランスを軸に
ワクチン問題での州権力の適正行使の基準を考察したもの。

Diekema医師は2006年のシアトル子ども病院生命倫理カンファレンスでも
同様のテーマで講演を行っています。

また去年2007年の生命倫理カンファレンスでの講演の中でも、
「自分の娘にワクチンを接種させるかどうか迷ったが
 娘の友達が白血病だったから、受けさせた」などと
個人の利益と公共の利益のバランスを語る下りで
やはりワクチン接種を例にとっていました。

(なんで小児科医が「自分の子への接種を迷」うんだろう……?
Webcastを聞いた時の私の疑問はいまだに解けていませんが。)

COMMENTARY : Public Health, Ethics, and State Compulsion
Douglas S. Diekema MD, MPH
Journal of Public Health Management & Practice
July/August 2008, Vol. 14, No. 4, P.332-334

この論文の中でDiekema医師は
個人の自由を抑えて州が取り締まり権(police power)を行使するのが正当化される条件として
以下の2つを挙げます。

① 合法性
② 害原則

害原則とは2006年の講演でも引用していたJohn Stuart Millの議論で、
The only purpose for which power can rightfully be exercised over any member of a civilized community, against his will, is to prevent harm to others. His own good, either physical or moral, is not a sufficient warrant.

本人の意思に反する形で個人に対し権力が行使される場合に、
それが正当と見なされるのは唯一、他者への害を防ぐ目的である場合のみ。
その場合は、身体的なものであれ道徳上のものであれ個人の利益は
その行使を退ける充分な理由にはならない。

Diekema医師は州による介入は合法であるだけでは正当ではなく
このMillの害原則に照らして正当である必要があるといいます。

小児科医療における州の介入を巡る害原則では、
2つのケースが考えられ、

A. 親の決定が子どもを害する場合。
B. 他者の健康を守るために介入が必要となる場合。

接種しなかったからといって子どもが病気にかかる確率はそれほど高くはないので
ワクチン拒否はAのケースには当たらないが
学校に通う子どもたちを守る義務が州にあり、
特に医学上の理由で接種できない子どもを守るためには
集団がワクチン接種を受けていることが重要でもあるので
Bに当てはまる。

ところでDiekema医師というのは、
Ashley事件を語るとき以外はとても慎重でまっとうなことを言う人なのです。

ここでもMillの害原則に、さらに慎重に追加条件をつけます。
Feinbergによる害原則の追加条件で、
これも去年のカンファの講演でも触れていたもの。

No option less intrusive to individual liberty would be equally effective at preventing the harm.

個人の自由への侵犯度がもっと低くて、同じように害を防ぐ効果のあるオプションが
他に存在しないこと。

多くの州のワクチン接種は事実上は強制とまでは言えず、
親に接種しないことを選ぶ条件も提示しているし、
ホーム・スクーリングを選ぶことも可能なので、
個人の自由を侵さない選択肢も用意されている、
よってFeinbergの害原則も満たしている、と。

(ワクチンかホーム・スクリーニングかという選択肢も、すごい。
 日本だったら、どうなるんだろう?)

また個人の利益よりも公衆の利益のためなのだから
ワクチン接種は税金による公費でまかなわれるべきであり、
またワクチン接種により何らかの実害があった場合や、
感染力の強い病気にかかった際の治療、隔離、
そういう病人に接触した人の隔離などにも充分な保障がされるべきである、とも。

(実際の費用がどうなっているのかは?)

      ―――――

去年の子ども病院生命倫理カンファでのDiekema講演を聴いたときにも思ったのですが、
「より侵襲度の低いオプション」というFeinbergの「害原則」、

それが持論なのであれば、
なんでこの人はAshleyケースを議論した倫理委員会の席で
持ち出さなかったのでしょう??????

ホルモン大量投与による身長抑制でのQOL向上にしろ、
生理痛回避のための子宮摘出にしろ、
大きな乳房がジャマくさいという理由での乳房切除にしろ、
「個人の自由(肉体の全体性や尊厳)への侵襲度のもっと低いオプション」が
いくらでもあったはずなのに。

2007年の生命倫理カンファレンスにおけるDiekema講演に関するエントリーは以下。
「最善の利益」否定するDiekema医師(前)
「最善の利益」否定するDiekema医師(後)