倫理委を巡る不思議 ⑧当日の記録

WPASの調査報告書には、2004年5月5日の「シアトル子ども病院特別倫理委員会」の記録がExhibit Lとして添付されています。

この記録によると、委員会がアシュリー一家に会って担当医らから意見聴取をするのに1時間(なぜか親がパワーポイントを使ってプレゼンを行ったことは記録されていません)、その後の委員会内部での議論に1時間。議論の内容については、それぞれの処置についてリスクとメリットを秤にかけて、メリットの方が大きいとの議論が行われたと、記録されています。

ということは、倫理委の冒頭で両親が主張したことが、そのまま彼らの退室後の議論でもなぞられた、ということになります。両親のリーズニングがそもそもリスク対メリットの枠組みだからです。したがって、この記録だと、両親の退室後の議論は、親の主張を繰り返し確認するだけの議論だったということにならないでしょうか。既に検証したように、委員長自ら、両親の主張が通るように委員を説得することが自分の仕事だと考えてこの席に臨んでいたらしいこと、Diekema医師のこれまでの言動から推測すると、委員会内部の議論においても両親の意向を強く説く動きがあったということなのでしょうか。そうした動きが当日の議論を強くリードした(率いた?)ということなのでしょうか。

細かく挙げればこの記録にも不思議がいくつもあるのですが、特に不思議な箇所を1つ挙げると、以下の一節でしょう。

これらの問題についての委員会の議論は徹底的な、苦痛に満ちたものであり、提案を支持するかどうかについてメンバーが当初は大いに分かれてもいた。話題に上った点としては、

1.身長抑制が具体的にはどのようにアシュリーのメリットになるのか。
2.生理をなくす他の方法があるのではないか。子宮摘出よりも、そちらの方法を用いるべきでは?
3.乳房摘出がどのようにアシュリーのQOLを向上させるのか?
4.利益を受けるのは、ここでは患者なのか両親なのか?

不思議なのは、この一節が「議論/要約」という項目の最終部分であり、この次はもう「結論」であること。疑問をはさむ声があったと4点を挙げ、しかしその4点を巡る議論については一切触れないまま、次には早々と「よって委員会はアシュリーへのメリットがリスクを上回るとのコンセンサスに至った」と「結論」して記録が終わっているのです。

出席者から出されたという4点の疑問は、論争の中でも多く聞かれたものです。最初の2点は「倫理委を巡る不思議 ⑥親の主張をオウム返しする医師ら」で紹介したBBCのインタビューでインタビューアーがDiekema医師に投げかけた疑問とも全く同じ。が、そのインタビューでも同医師がはぐらかして答えなかったように、この記録でも、これらの疑問に対してどのような議論がされたのかは全く説明されません。

それらの疑問を巡る議論の具体は一切なく、しかしながら議論は「徹底的」に行われたと主張する。この「徹底的(thorough)」という形容詞を「慎重(careful)」と置き換えれば、この記録は1月以降Diekema医師がメディアに向かってやってきたのと全く同じ「はぐらかし」ではないでしょうか。

倫理委員会の記録には、一番肝心の議論の中身がありません。

それとも、当日行われたのは記録に残すわけにいかない議論だったということなのでしょうか。