倫理委を巡る不思議 ⑦議論の中身が出てこない

倫理委で具体的にどのような議論があったかについて、「リスク対メリット」の議論を行ったという以外に、医師らはどのように説明しているでしょうか。

まず去年秋の論文の記述から。
The treatment was requested by the parents and initiated after careful consultation and review by our institutional ethics committee.

我々の病院の倫理委員会による慎重な相談と検討の後に……

The committee met with the family, the patient and the patient’s physicians and carefully explored the family’s reasons for their request. After a lengthy discussion, the committee reached consensus that both the requests for growth attenuation and hysterectomy were ethically appropriate in this case.

委員会は……家族の要望の理由を慎重に調べた長い議論の後に委員会は……とのコンセンサスに至った

次に1月11日のCNNインタビューから
This is the kind of treatment we used very carefully.

これは我々がとても慎重に用いた治療なのです。

….it was our assessment after very careful consideration that the potential benefits would ultimately outweigh the risks.

可能性のあるメリットが最終的にリスクを上回るだろうというのが、とても慎重な考慮の後に我々が至ったアセスメントでした。

「長い議論」といっても、これまでにも見てきたように倫理委は2004年5月5日の1度きり。今年1月5日のSeattle Post-IntelligencerでのGunther医師の証言では、親のプレゼンと関係者の意見聴取の後「委員が反対ではないとのコンセンサスに至るのに1時間しかかからなかった」とのこと。これだけの問題に関して、たった1時間しかかけず「長い議論」と言えるでしょうか。

「とても慎重な検討」という抽象的で漠然とした表現は、何も説明していません。その議論がどのようにCarefulだったかという具体的な説明こそ、もっと出てきて然りと思われます。また批判を浴びている医師らの立場からしても、どのように「慎重」な議論が行われたかを具体的に説明する方が釈明としても有効なはずなのですが、そういう話はどこにもありません。Diekema医師は具体を語らず、ひたすらcareful な議論だったと繰り返しているのです。

ところで、5月8日に子宮摘出の手続きの違法性を認めた記者会見では、病院はこの点についてどのように説明しているでしょうか。

And it was in that context that after extensive review by physicians and ethicists that Children’s decided to go forward.

……子ども病院が実施に踏み切ったのは、医師と倫理学者による広範な検討の後で……

ここでは倫理委の議論のことのみを言っているとは限りませんが、やはり漠然と抽象的な「広範な検討」。

The ethics committee at our hospital was convened to discuss whether the treatment options suggested were in Ashley’s best interests. The committee’s opinion supported the recommended treatments……

この治療の選択肢がアシュリーの最善の利益に当たるかどうかを議論するために、我々の病院の倫理委員会が招集された。委員会の意見は勧められれた治療を支持し……

この箇所に至っては、議論の過程については言及そのものが皆無。召集された倫理委は、即座に意見が一致したかのようです。

(それにしても、いつ、誰が、誰に対して、この「治療」を「勧め」たのだったでしょうか?)

さらに
The decisions in this case were achieved only after long deliberation and discussion.

この症例における決定は長い考察と議論の後にのみ行われたものである。


これまで、このブログで検証してきた中に、医師らの「長い考察と議論」の形跡があったでしょうか。

両親のブログの方には「我々はたくさん考え、リサーチを行い」という下りがあり、確かに両親が“アシュリー療法”の考案から実現にかけて費やしたエネルギーと時間は、あの詳細なブログに注ぎ込まれた情熱と、これを世に広めたいとの熱意が物語っていると言っていいでしょう。

その一方、医師らがエネルギーを注いでいたのは、両親のブログ以前は、いかに事実を隠し誤魔化して論文を書くかという点であり、隠蔽の努力が無に帰した1月以降は、いかに両親の主張をなぞって自分たちの議論の不在をごまかすかという点でしかなかったのではないでしょうか。

そして、5月8日の記者会見当日、The Seattle Times の取材に対してDiekema医師の答え。
A very careful ethics committee determined that those procedures would most likely be in her best interest.

とても慎重な倫理委員会がそれらの処置は彼女の最善の利益になりそうだと決定したのです
 
ここに至ってもなお、Diekema医師は倫理委員会の議論を説明するに当たって、carefulしか形容詞を持たず、慎重な倫理委員会が決めたことだから問題はないのだと主張しているのです。抽象的で何も語っていないに等しいこの形容詞を何度も繰り返せば、人々が本当に慎重な議論が行われたと信じてくれると、Diekema医師は考えているのでしょうか。

確かに1月の“アシュリー療法”論争において、医師らが「倫理委員会で慎重に検討したことだから」と繰り返すのを、いかに多くの人が真に受けたかを振り返ると、Diekema医師の作戦は成功したのかもしれません。